最新記事
映画

聴覚障害者が主役の映画『コーダ』は歴史を作った...細かな違和感も吹き飛ばす偉業

CODA’s Complicated Oscar Win

2022年4月20日(水)17時34分
セーラ・ノビッチ(小説家、翻訳家、聴覚障害者権利活動家)
マーリー・マトリンとトロイ・コッツァー

アカデミー賞授賞式でのコッツァーと共演者のマトリン FREDERIC J. BROWNーAFPーGETTY IMAGESーSLATE

<アカデミー賞3部門を制覇した『コーダ あいのうた』。聴覚障害者の物語が浮き彫りにする「まだまだ」の現実>

今年のアカデミー賞授賞式の話題は、ウィル・スミスの平手打ち騒動一色。そんななか、インディーズ映画『コーダ あいのうた』が歴史をつくったという事実は見逃されてしまったかもしれない。

本作は、漁業を営む聴覚障害者の家族の中で一人だけ耳が聞こえる10代の少女、ルビー(エミリア・ジョーンズ)の物語だ。1年以上前にサンダンス映画祭でプレミア上映され、昨年8月に米劇場と動画配信サービスのアップルTVプラスで公開された。

アカデミー賞では3部門にノミネートされ、その全てを制覇。父親役のトロイ・コッツァーが助演男優賞、監督・脚本を手掛けたシアン・ヘダーが脚色賞を受賞し、最重要部門とされる作品賞にも輝いた。主要キャストの多くがろう者の映画が、作品賞候補になったのは史上初めてで、私たち聴覚障害者は結果を見守っていた。

聴覚障害者のコッツァーの受賞は、近年になって可能になった出来事の1つとして、ろう者コミュニティー全体が歓迎した。だが作品自体への反応には、賛否が入り交じる。

本作は耳の聞こえる人々が、耳の聞こえる登場人物を主人公にして作った映画だ。そのせいで、聴覚障害という体験の全体的な表現がステレオタイプ頼みになっている。

コッツァーとマーリー・マトリン(1987年にアカデミー主演女優賞を受賞した彼女はこれまで、アカデミー賞を手にした唯一のろう者の俳優だった)が演じる主人公の両親、ロッシ夫妻は聴者の娘を「通訳」にする。本職の通訳者を使う権利が米国身体障害者法で保障されている病院や裁判所でも、だ。この設定は笑いを狙ったものか、間違った緊迫感をつくり出すための選択にほかならない。

せりふの4割を手話が占める

聴覚障害者は音楽という概念を理解できず、ルビーの母親のように、耳の聞こえるわが子が歌を愛することを否定的に捉えるという描き方も、極めてばかげている。

そうは言っても、『コーダ』はせりふの4割を手話のASL(アメリカン・サイン・ランゲージ)が占める映画でもある。作品を支えるのは、聴覚障害者の主要キャストが見せる素晴らしい演技だ。ルビーの兄レオ(ダニエル・デュラント)は一家の通訳の役割を娘に頼る両親に強く反発し、最終的にはレオの主張が家族をよりよい道へ導く。

本作の欠点は作品の批判材料とは言えない。むしろ映画やドラマの世界、特にカメラの裏側に、より多くの聴覚障害者がどれほど必要かを知らせるシグナルだ。

一家族の私的な物語である『コーダ』が、世界全体で4億6600万人に上る聴覚障害者の全体像を描き出すという重荷を背負わされたのは不運だった。コッツァーが演じた粗野な詩人肌の父親には大笑いしたし、ロッシ夫妻がよくある障害者の登場人物と違って、清らかでも子供っぽくもなく、性的な人間として描かれたことは評価できる。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、28年にROE13%超目標 中期経営計画

ビジネス

米建設支出、8月は前月比0.2%増 7月から予想外

ビジネス

カナダCPI、10月は前年比+2.2%に鈍化 ガソ

ワールド

EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組み合
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中