最新記事
映画

聴覚障害者が主役の映画『コーダ』は歴史を作った...細かな違和感も吹き飛ばす偉業

CODA’s Complicated Oscar Win

2022年4月20日(水)17時34分
セーラ・ノビッチ(小説家、翻訳家、聴覚障害者権利活動家)

220426P50_CDA_02.jpg

一家で一人だけ耳が聞こえるルビーの「夢」に家族は反対するが APPLE TV+

障害の描写が現実的でないとか、少し感傷的すぎると思えても、筆者は本作を心から応援した。ろう者の俳優を多数起用した映画『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』や、リアリティーシリーズ『ろう者たちのキャンパスライフ』の場合と同じことだ。耳の聞こえない人が登場するリアリティー番組もあるべきだし、私自身の言語である手話や聴覚障害者をもっとスクリーンの上で見たい。

『コーダ』が、何よりもまず聴覚障害者が聴覚障害者の役を演じることによって、業界を正しい方向へ押し出したのは間違いない。画面上に字幕を(設定で選ばせずに)常に表示するという決断も、これまでにないものだ。耳の聞こえない役を演じる聴者の俳優の下手な手話ばかり見せられたり、映画館へ行ったのに、字幕表示用デバイスが充電されていないので出直してほしいと告げられる体験をしてきた身にとって、これは進歩だ。

アカデミー賞授賞式にしても、昨年まで車いす用スロープさえなかったことを思えば、今年は大きな前進だった。司会者の1人でコメディアン・女優のエイミー・シューマーが、お気に入りの作品は『コーダ』だとASLで語ったのを見て、私は叫び声を上げた。CM中、スナップチャットの広告に聴覚障害者が出てきたのを目にしたときは、走ってテレビの前に戻った。

次は35年間も待たせないで

アカデミー賞のYouTubeチャンネルでは、授賞式が最初から最後までASLの通訳付きで放送されたが、これも今回が初めてだ。評価できる試みだし、手話通訳者たちの仕事は素晴らしかった。だが、聴覚障害者が見るには複数のデバイスが必要になるという状況は「平等」とは言えない。この点は、多くの人が実は聴覚障害者の存在に気付きたがらないという現実を示している。

それでも、今は喜ぼうと思う。権利活動は喜びなしには持続できないから。

ろう者を中心とする物語が今後どんどん登場してほしい。性差や人種など、複数のアイデンティティーが組み合わさった聴覚障害者への差別のインターセクショナリティー(交差性)を捉えた物語や、聴覚障害が主な特徴ではない役を、耳の聞こえない俳優が演じる映画が増えてほしい。

業界で最も栄誉ある賞を手にし、出席者が手話の拍手でたたえるなか、コッツァーがASLでスピーチを行う姿を人々は目にした。この事実は、聴覚障害者の才能や価値を浮き彫りにするだろう。

『コーダ』の成功を生んだ耳の聞こえない人々は私の誇りだ。彼らが開けた扉が、大きく開いたままでありますように。そして次にろう者が受賞するまで、今度は35年間も待たずに済みますように......。

©2022 The Slate Group

CODA
コーダ あいのうた
監督╱シアン・ヘダー
主演╱エミリア・ジョーンズ、トロイ・コッツァー
日本公開中

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 2
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 5
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 6
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    ただのニキビと「見分けるポイント」が...顔に「皮膚…
  • 10
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 9
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中