最新記事

ドキュメンタリー

ロシアのもう1つの「罪」、陰惨な同性愛弾圧を暴く映画『チェチェンへようこそ』

Unveiling the Truth

2022年3月4日(金)19時20分
北島純(社会情報大学院大学特任教授)
『チェチェンへようこそ』

自らの力を誇示する45歳のカディロフは同性愛を嫌悪 ©︎MADEGOOD FILMS

<出演者保護のためにあえてディープフェイク技術を使い、知られざるプーチンとカディロフの罪を告発する衝撃の映画>

2020年に制作されたデービッド・フランス監督のドキュメンタリー映画『チェチェンへようこそ――ゲイの粛清――』が日本で公開された。これまで『How to Survive a Plague(疫病を生き抜く)』や『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』で性的マイノリティーのリアルを描いて注目されてきたフランスは今回、チェチェンで起きているゲイ(同性愛者)に対する知られざる迫害を暴いた。

出演者を保護するために、ディープフェイク(顔面置換技術)が初めて本格的に用いられたドキュメンタリー映画だ。

チェチェンはロシア連邦を構成する共和国の1つで、黒海とカスピ海に挟まれた北カフカスにある。ソ連崩壊後に独立を求めてエリツィン、プーチン政権相手に凄惨な独立闘争(チェチェン紛争)を戦ったが敗北。07年からプーチン大統領子飼いのラムザン・カディロフ(45)が首長を務め、カディロフツィと呼ばれる親衛隊による超法規的暴力もためらわない専制主義政治が敷かれている。

カディロフは父親であるアフマト・カディロフ大統領が2004年にテロで爆殺された後にプーチンの後押しでチェチェンの実権を掌握。現在のウクライナでもあらわになっているプーチンのロシア「帝国」主義的強権路線の一翼を担っている。

死者・行方不明者が多数

そのチェチェンで17年春、薬物捜査で押収されたスマホに同性愛者の画像とメールが残っていたことからゲイに対する弾圧が本格化し、拉致、拘禁、拷問による自白の強要で芋づる式に同性愛者たちが摘発された。

2021年にノーベル平和賞を受賞したドミトリー・ムラトフが編集長を務めるロシアのリベラル系新聞ノーバヤ・ガゼータによると、その数は100人を超え、少なくとも3人が死亡、行方不明者も多数いる。

約140万人のチェチェン国民の大半はイスラム教徒(スンニ派)で、同性愛者に対する「名誉殺人」が横行する保守的な地域である。今回のカディロフ政権のLGBT弾圧政策には、後ろ盾であるプーチン政権の強権姿勢も見え隠れする。

家族の伝統的価値観を称揚することで体制引き締めを図るプーチン政権は、13年に未成年者に対する同性愛の宣伝を禁止する法律を制定し、20年には憲法を改正して同性婚を実質的に禁止した。

『チェチェンへようこそ』は、「同性愛者だと分かったら政府高官の父に殺される」という女性の怯えた電話から始まる。そして警察官に取り囲まれ「同性愛者だ」として袋だたきに遭う男性の映像。そこには、カディロフが映画中に引用されるインタビューで臆面もなく断言する「この国にゲイはいない」という言葉の持つ絶望性が漂う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中