最新記事

BOOKS

「男性」「女性」という言葉が出てこない、あらゆる人のためのセックス・ハウツー本

2021年5月29日(土)11時25分
瀬地山 角(東京大学大学院総合文化研究科教授)

相手とのコミュニケーションがとても重要視されており、これは女性向けポルノと男性向けのものとの違いとも通じるように思われた。男性の独りよがりを脱却してパートナーと積極的に話し合うために工夫されているのだ。だからこそフランスでベストセラーになったのだろう。

もう一つ評価したいのは用語法である。男性、女性という言葉が一切出てこない。その代わりに「ペニスを持つ人」「ヴァルヴァ(フランス語の外陰部)を持つ人」という表現が使われる。

これは両方を持っているかも知れないインターセックスや、外性器と心の性が一致しない場合のあるトランスジェンダーの人たちに目配りをしたものだろう。

また「シスジェンダー」や「割り当てられた性」といった言葉も出てくる。「割り当てられた性」は出生時の証明書類に記される性別で、トランスジェンダーやインターセックスの人たちにとってはそれが自分のアイデンティティとなる性(性自認)ではない。そして「割り当てられた性」と性自認と外性器が一致している人を「シスジェンダー」と呼ぶ。

これらは性的マイノリティに関する教科書ならば当然説明される用語だろうが、こうしたいわば「ハウツー本」で使っているのは、立派だし、さすがは性の先進国フランスだなと思わされる。とにかく細かいところやマイノリティへの配慮がしっかりしているのだ。

そうした意味では、背景にフェミニズムが通奏低音のように流れているのがわかる。ただ一方でそれをまったく感じさせずに、具体的なヒントや技法がどんどんと出てくる。挿入を前提としない点で、高齢者や同性愛者にとっても有益な情報だろう。

フェミニズム、ジェンダー論、性的マイノリティへの目配り、これらをしっかりやった上でのセックスの指南書というのは確かに類書を知らない。願わくはこの本を手に取った人たちが、まずはパートナーと恥ずかしがらずに、ゆっくり話し合いながら、自分たちなりのセックスを作っていってほしい。

結果としての快楽へのヒントが本書にはいっぱい詰まっている。だがそれ以前にその対話自体が、パートナーとの性関係や関係そのものを変えていくだろうし、そのことこそが日本において一番求められる課題なのではないかと思う。

帯にあるとおり「教科書でもポルノでもない」、実用的な本だ。そして何より大事なのは、そのテクニックではなく、2人で読んで話し合うプロセスだと思う。

[筆者]
瀬地山 角(せちやま・かく)
1963年、奈良県出身。学術博士。2009年より現職。専門はジェンダー論。大学での講義は履修者が600人を超える人気ぶり。大学だけでなく、爆笑の起こる人気講演で全国を回る。主な著作に『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社)、『お笑いジェンダー論』(勁草書房)など。

あなたのセックスによろしく
 ――快楽へ導く挿入以外の140の技法ガイド』
 ジュン・プラ 著
 高橋幸子 医療監修
 吉田良子 訳
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など

ワールド

アングル:失言や違法捜査、米司法省でミス連鎖 トラ

ワールド

アングル:反攻強めるミャンマー国軍、徴兵制やドロー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 5
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中