最新記事

韓国映画

不平等、性暴力、金銭問題...韓国映画界の「膿を出し」栄光を支える組織の存在

POWER TO THE DIRECTORS

2021年5月6日(木)18時04分
ヤン ヨンヒ(映画監督)

作品や俳優、監督の紹介など華々しい話題が多い映画メディアの中で、業界が直面するシビアな問題を積極的に書く記者がいる。週刊の映画雑誌シネ21のキム・ソンフン記者である。その健全な批評精神は韓国映画界の成長に欠かせない。私も数人の映画人から「キム・ソンフン記者はひるまず書いてくれる」と聞いたことがある。信頼される半面、告発された業界人と取り巻きに恨まれてもいるというキム記者は「ブラックリスト事件」も取材した。

210504_11P36cine21_KEC_07.jpg

シネ21誌は問題点も忌憚なく書く

軍事独裁政権からリベラル政権を経て、李明博(イ ・ミョンバク)政権時代(08~13年)から政府の文化支援事業への直接介入が再び始まった。朴槿恵(パク・クネ)政権時代(13~17年)には青瓦台(大統領府)が、パク・チャヌク、キム・ジウン、ポン・ジュノなど革新系と見なした映画監督を「ブラックリスト」に載せ、芸術映画支援事業の対象から外すように指示。18年、これへの関与を認めKOFICが謝罪している。

この事件を追っていたキム記者は取材過程で逮捕され留置場に入れられ48時間取り調べを受けた。検察に起訴され、刑事、民事、名誉毀損などを抱え損害賠償も要求された。裁判所から会社に通う毎日だったという。映画界#MeTooの70%以上を報道した彼には、被害者からの情報提供が後を絶たなかった。「デスクは、私が書こうとする記事にストップをかけると私が会社を辞めると分かっている。今の編集長に対し、書かせてくれないんじゃないかという不信感は1%もない」と、筆者の取材にキム記者は笑った。

独立映画界の「共依存」問題

韓国映画界の強さは、「まずい点があるなら膿を出すべき」という意識を人々が共有していること。その1つが「独立映画界」の問題だろう。

韓国の映画界は、商業映画と独立映画をはっきり分けて語る場合が多い。監督たちも自身について「商業映画監督」「独立映画監督」と言い、「独立映画から商業映画に移った」という表現を使う。独立映画とは資本と権力から独立し、作家精神に忠実に追求した作品を言う、らしい。実態はどうか。独立映画界より商業映画界のほうが健全に見えるという私に、キム記者は全面的に同意した。

「企業から出資を募る商業映画は、投資の審査に関してとてもシビアだ。シナリオが不十分な場合、いかに著名で権威ある監督でもバッサリ切られ、監督や作家はシナリオを書き直す。20年間それを重ねてきた結果が今の成果を上げている。一方、国からの助成はドキュメンタリーを中心とした独立映画に多く流れる。そのお金の配分を決める上で、カルテルのような利害関係が出来上がっていて、公正な審査が行われなくなっている。独立映画界でモラルハザードが生まれているのは私も悩んでいる問題だ」とキム記者は言った。

独立映画界の団体や監督たちは政府直轄のKOFIC、映画祭、各地の映像委員会からの支援金で活動し、映画を作る。驚くことに支援金の審査で、人間関係が優先される場合が多いという噂を否定する映画人に会ったことがない。正義や人権を叫ぶ独立映画人たちが、影響力を持つ人間に従属し不正を黙認する。独立どころか偽善に満ちた共依存だ。

最近、新しく任命されたKOFIC(年間予算102億円)の事務局長が、かつて公的資金を横領していたという記事がシネ21に掲載された。昨年は、独立映画人の間で「韓国ドキュメンタリー界の代母(ゴッドマザー)」とされていた監督の人件費着服が告発された。また、同監督の過去の受賞作が盗用剽窃作品であり、その事実を釜山国際映画祭と独立映画界を代表する団体が共謀し隠蔽していたことが明かされた。だが関係者は口を閉ざしている。一部の独立映画人の忖度と「陣営病」は政界に負けないほどの醜悪さだ。

そんななかでも、尊敬していた先輩たちの腐敗に対し、独立映画界の若い監督たちが実名で批判の声を上げ始めたことが希望だ。業界の光と闇を同時に見つめる誠実なまなざしが、新しい物語を紡ぎ出すことを期待している。

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NYSE運営のICE、傘下のテキサスの取引所に重複

ワールド

米上院財政委、水力・原子力・地熱発電の税額控除を延

ワールド

飢饉リスク、世界13カ所で深刻化 ガザなど介入必要

ワールド

空爆激化でイラン国民が首都から避難、生活必需品の買
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 8
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 9
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 10
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中