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『パラサイト』を生ませた女──韓国映画の躍進を支えたある女性の奮闘記

The Power Behind Parasite’s Success

2020年2月19日(水)19時00分
ジェフリー・ケイン(ジャーナリスト)

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作品は裕福なパク家(写真)とその日暮らしのキム家の不思議な出会いを描く © 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

財閥一族の出身としては、李には不利な要素があった。1987年にサムスン創業者の李秉喆(イ・ビョンチョル)が死去して後継者争いが勃発。長男で、美敬の父である孟熙(メンヒ)は、サムスン帝国の中では精彩を欠いた食品・製菓メーカー(後のCJ)を継いだ。収益性の高い部門であるサムスン電子を継いだのは、秉喆の三男、健熙(ゴンヒ)だった。

1989年当時、絶頂期にあった日本のソニーは、米コロンビア・ピクチャーズを34億ドルで買収した。韓国企業も同様のチャンスをうかがっていた。

転機は、サムスン会長の健煕が映画界での商機獲得に乗り出したこと。映画監督を志したこともある彼は、姪の李をサムスンの文化事業の代表として米企業と交渉する立場に置いた。

1994年、李はロサンゼルスの弁護士からある情報を耳にする。ハリウッドの大物3人組であるスティーブン・スピルバーグ、ジェフリー・カッツェンバーグ、デービッド・ゲフィンが、自分たちの設立した映画製作会社ドリームワークスに出資する企業を探しているという。李は叔父を説得し、スピルバーグの自宅で会合の席を設けた。

だがサムスンがドリームワークスの製作面に口出しする権利を要求したため、交渉は決裂する。会合に参加したサムスンの元幹部らによれば、スピルバーグは自由を求め過ぎた。サムスンで神のような扱いを受けていた健煕に対しては、無理な相談だった。

カリフォルニアで事業拡大をもくろむサムスンにとって、韓国企業の封建的な空気は厄介な要因だった。大ヒット作『プリティ・ウーマン』に携わった映画会社ニュー・リージェンシーに出資してからも、サムスンは同様の問題にぶつかった。

しかしビジネスに対する李の姿勢が穏やかだったことは、ハリウッドとの交渉でも役に立った。ドリームワークスとの提携話はいったん破談となったが、彼女を見込んだ3人組が改めて投資を打診してきた。1995年、李は3億ドルの出資に合意してアジアでの配給権を獲得。さらに同年、CJエンターテインメントを設立し、製作担当者がドリームワークスで学ぶ機会を持つことでも合意した。

成功の基盤が整った。だが時を同じくして一族間の亀裂が深まり、サムスンとの株式持ち合いを解消する。李は弟でCJグループの会長である在ジェヒョン賢と共に、CJを映画製作会社に変える努力に集中した。

世界の主流に躍り出る

これが韓国の映画産業の誕生を告げる転換点だった。だが当初は、苦難の道をたどる。低予算映画の製作会社が乱立し、弱小企業は1997年のアジア通貨危機で姿を消した。対抗馬のサムスン・エンターテインメントも1999年に撤退した。

一方でCJエンターテインメントは、李自身が芸術面での成功を支え、ヒット作を生み始める。例えば、北朝鮮との共同警備区域で友人になる南北の兵士を描いた『JSA』(2000年)。酔っぱらったまま誘拐され、目が覚めたら独房にいた男が15年後に突如解放される『オールド・ボーイ』(2003年)などだ。

「韓流」の誕生である。だがその後10年ほどは、少数のスタジオによる支配と、作品に漂う安直なナショナリズムが足かせになり、苦戦が続いた。

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