最新記事

日本文化

三菱財閥創始者・岩崎彌太郎が清澄庭園をこだわって造り上げた理由

2019年5月23日(木)19時35分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

彌太郎は、社員達の憩いと交流の場として、そして賓客の接待の場所として、清澄庭園を造り始めます。企業家が美術品収集などに財を投じる傾向の中、社員のために庭を造り活用するというのは、極めて新しい発想でありました。そしてこのことが、次の時代の企業家である松下幸之助、稲盛和夫に受け継がれ、日本の経営者の庭造りの流れを組むものになったと思います。

また、同パンフレットには、岩崎彌太郎が夢の庭を実現したと記されています。

――「わが心には渓山丘壑を愛す。事業上憂悶を感ずる時は立派な庭園を見に行く。(中略)他に特別の趣味もないが、これが余の唯一の趣味である『岩崎彌太郎伝(下)』より」――

彌太郎は、無類の庭園好きであったのです。明治11年となる1878年、ここ清澄に約3万坪(10ヘクタール)の敷地を買い取りました。実は彌太郎は、同時期に三つの大名屋敷・庭園を購入し、独自の庭園に造り上げています。「旧岩崎邸庭園」(東京都台東区)、「六義園」(東京都文京区)、そして「清澄庭園」です。清澄庭園には、三菱汽船会社の蒸気船を使って全国の名石・奇石を収集し、隅田川の水路より庭園に運び込んできたのです。

清澄庭園の石コレクション

庭園図を見ると、庭の中心に大きな池があり、中の島、鶴島、松島が浮かび、涼亭(1909年築)という数寄屋造りの建物やあずまやなど、庭園の絶景を見られる場所が点在しています。庭園内でもっとも高い築山は、園内のどこからも見えて、これは富士山を表しています。池の周りを歩きながら、そして当時は池に舟を浮かべて、季節に応じて多種多様に変化する美しい景色を観賞できる庭です。

巨石や奇石などを注意深く鑑賞していると、「どうして、こんな石をたくさん持って来られたのだろうか」「水路が確保されていたからだろう」「重い石を運ぶのには、それなりの船(汽船)でなくてはならない」など自問自答しているうちに、岩崎彌太郎―三菱財閥―海運業という構図が見えてきました。彌太郎は、これほどの石をこの庭に持って来られたのは、海運業王の自分だからこそなのだと、自負したかったのではないでしょうか。自分の力をアピールしたいという権力者の気持ちが、庭園造りに現れているのです。

庭石にも色々あります。まずは、景石(けいせき)と言って、自然石の形態のいいものを飾りに配置させました。特に、伊豆磯石(いずいそいし)(安山岩)という変化のある立石は、中国の庭園に見られる太湖石(たいこせき)のような風貌があります。また、波の浸食によって表面に縞模様などが表れる、海岸から採集された紀州青石(結晶片岩の中の緑泥の石片岩)も使われています。清澄庭園の正面口から入って、池のほとりが池の正面と思われますが、景石は、池の西側に沿って重点的に置かれていて、磯の荒々しさを表現しています。多くの石は、安山岩、花崗岩、結晶片岩という黒や灰色の石ですが、中には、佐渡赤玉石など、赤色のチャート(岩石)もアクセントに据えられています。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、ウクライナと真剣な協議の用意=外務次官

ワールド

トランプ氏とサウジ皇太子、戦略的経済連携協定に署名

ワールド

米政権のウィットコフ・ケロッグ特使、15日にトルコ

ワールド

プーチン氏との直接会談が和平への唯一の道、ゼレンス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映った「殺気」
  • 3
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因は農薬と地下水か?【最新研究】
  • 4
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 5
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 6
    あなたの下駄箱にも? 「高額転売」されている「一見…
  • 7
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 10
    ハーネスがお尻に...ジップラインで思い出を残そうと…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 9
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中