最新記事

BOOKS

日本人の美徳は罪悪感と報恩精神──とドイツ在住ライター

2018年10月31日(水)19時00分
印南敦史(作家、書評家)

面白いのは、そんななか、答えを見つけるために夏目漱石の『こころ』を読んでみたという点である。


 あまりにも有名だが、『こころ』のあらすじをざっくりとまとめよう。先生なる人物は昔、恋敵である友人Kを自殺に追い込んでしまった。先生はそのことをずっと気に病み、最後には自殺する、という話である(「まとめ方が雑すぎる」と怒る人もいらっしゃるかもしれないが、大目に見ていただきたい)。
 ともあれわたしは『こころ』を読んで、「これだ!」と思った。わたしが「日本人らしい」と思う場面には常に、罪悪感という気持ちが絡んでいたことに気がついたのだ。(191ページより)

『こころ』から著者が感じ取った「日本人らしさ」とは、罪悪感に敏感で、「自分が悪い」と自省しやすく、そのため罪悪感を覚える行動を避けるというもの。そう考えれば、日本の治安のよさにも納得できるというのだ。そしてそれは、ドイツにはない感覚なのだという。

さらに言えば、もうひとつの注目点は「報恩精神」だ。


 そういえば"報恩精神"にふれたときも「日本人っぽいなぁ」と思った。「この前レストランを予約してくれたから今度はわたしが予約するね」とか、「この前手料理を食べさせてもらったから今回はおごるよ」という会話が、日本では日常的に繰り返される。家に招待されて立派なご馳走を振舞われたら、次回は自宅に招いて同じくらいのもてなしをする。
 毎回毎回「与えられる側」でいることを良しとせず、他人の善意に甘えず、受けた恩は返すのが常識だ。そうでなければ日本では不義理になってしまう。(中略)
 ドイツ人が恩知らずというわけではないが、それでもドイツでは「善意はありがたくもらっておけ」という考えのほうが強い気がする。お礼は言うが、そこで終わり。恩を返そうとすると、むしろ「お返しを期待してやったわけじゃない」と言われてしまう。だからなのか、「気を遣わせてすみません」とは言わず、「親切にどうもありがとう」という表現になる。(201~202ページより)

この違いについて著者は、「そう考えると、やっぱり報恩精神も日本人らしさのひとつだ」とまとめている。「次はわたしがするね」といった表現を聞くたびに、うれしくなるというのだ。だから、読んでいてもそこに日本人らしさを感じるし、そのような着地点があるからこそ、読み終えたとき腑に落ちた印象が残るのである。


『日本人とドイツ人――比べてみたらどっちもどっち』
 雨宮紫苑 著
 新潮新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。新刊『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。


ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も

ビジネス

EU、炭素国境調整措置を強化へ 草案を正式発表

ワールド

インドネシア中銀、3会合連続金利据え置き ルピア支

ワールド

戦略的互恵関係を推進、国会発言は粘り強く説明=日中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中