最新記事

BOOKS

世界の「日本人ジョーク」に表れる、安倍首相の際立った存在感

2017年12月18日(月)17時09分
深田政彦(本誌記者)

長期政権を築いた安倍首相は政治ジョークの世界でも存在感を増している(2016年、東京でのデモで) Thomas Pete-REUTERS

<新聞コラムの「虎の巻」、『世界の日本人ジョーク集』に新版が登場。06年・09年の旧版とは対照的な違いが...>

「天声人語」(朝日新聞)「編集手帳」(読売新聞)など、必要がなくても毎日書かなければならない新聞のコラムニストは大変だ。ネタに困った時のために「虎の巻」が欠かせない。

人気のネタ本は、米コラムニストのアンブローズ・ビアスが1906年に出した警句集。後に『悪魔の辞典』と名付けられたこの本は、「外交=祖国のために偽りを言う愛国的な技術」など辛口の政治用語が豊富。各紙のコラムで何度も引用されてきた。

ただ刊行から1世紀がたち、『辞典』の賞味期限も気になりだした2006年。ノンフィクション作家・早坂隆が世界で収集した冗談選『世界の日本人ジョーク集』(中公新書ラクレ)登場に最も喜んだのは、そうしたコラムニストたちだっただろう。この本もまた新聞のコラムの定番となった。最近もこんなコラムが載っていた。


「アメリカの自動車会社が、ロシアと日本の工場に部品を発注した。不良品の発生を極力抑えようと「不良品は1千個につき一つとすること」と求めた。ロシア側は困ってしまい、「大変困難な条件です。期日にどうしても間に合いません」と泣きついた。
 しかし日本の工場は別の問題を抱えていた。返信はこうである。「納期に向けて作業は順調に進んでおります。ただ、不良品用の設計図が届いておりません。早急に送付してください」。世界のジョークを集めた早坂隆さんの著書から引いた」
(朝日新聞「天声人語」17年10月28日)

日本メーカーの品質データ偽装問題について「天声人語」は『ジョーク集』を披露。限られた字数で『ジョーク集』をたっぷり引用するほうが書き手には気楽で、読者にとっても下手にコラムニストに書かれるよりもおもしろいだけに重宝だ。

『ジョーク集』は刊行以来ベストセラーとなり、09年に続編が、そして17年12月、『新・世界の日本人ジョーク集』(中公新書ラクレ)が刊行された。

06年版・09年の旧版と17年の新版で対照的な違いがジョークの登場順だ。旧版2冊はいずれも、先の「天声人語」の引用のような「技術・経済」ネタを冒頭に掲載。「ハイテク」「お金持ち」の日本人をからかう冗談が並んでいる。

これに対して新版は「政治・外交」ネタが冒頭に登場。トランプ米大統領や習近平国家主席、金正恩党委員長などに翻弄される安倍首相をからかうネタが数々披露される。著者が「『フクダ』や『カン』、『ノダ』などは、エキストラにもならなかった」と解説しているように、長期となった安倍政権の存在感が影響しているのだろう。

一方、「技術・経済」ネタは二番手に後退。今なお技術力はネタにされるものの、タカタの欠陥エアバックが冗談の対象になるなど、旧版にない日本の技術や経済への暗い影が感じられる。また著者がおかしな「金持ちキャラ」について、日本人から中国人やアラブ人に移行していると指摘しているのも時代の変化を感じさせる。

『新・世界の日本人ジョーク集』は期せずして、世界における「日本人イメージ」の貴重な定点観測となっている。今後も楽しみといいたいところだが、「政治的正しさ」(PC)の風潮の下、国や民族の個性について無邪気な冗談が言えなくなりつつある。新聞のコラムのような「立派」な文章が栄えて、下世話なジョークが滅びるような社会はご免こうむりたい。


『新・世界の日本人ジョーク集』
 早坂 隆 著
 中公新書ラクレ

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中