最新記事

映画

『英国王のスピーチ』史実に異議あり!【前編】

2011年2月24日(木)18時18分
クリストファー・ヒッチェンズ

英王室が親ナチス政策を支持した史実も曖昧に

 真実の隠蔽と虚偽のほのめかしが入り混じったシーンは、ほかにもある。ナチスとの宥和政策を推し進めたボールドウィン首相と後任のチェンバレン首相を、イギリス王室が一貫して支持していた事実についても、ぼかした描き方しかされていない(この政策のおかげでイギリスの立場は守られた一方、ヒトラーは欧州で好き勝手に振舞えるようになった)。
 
 この指摘について、サイドラーは次のように反論している。


 ヒトラーを懐柔しようとするチェンバレンをアルバート王子が支持していたと、ヒッチェンズは批判するが、イギリスではチャーチル以外のほぼ誰もが、アルバート王子と同じ態度を取っていた。

 何事についても、後になってわかることは多い。イギリスは第1次大戦で一世代の精鋭を失っており、さらなる戦争など誰も望んでいなかった。さらに、イギリスには十分な準備もなかった。チェンバレンには軍需品の生産を進める時間が必要で、実際、生産を押し進めた。本気で宥和政策を信じていたら、そんなことはしない。

(イギリスが譲歩することで戦争を回避する)ミュンヘン協定をナチス・ドイツと締結したチェンバレンが帰国すると、官邸周辺に群集が集まり、英雄チェンバレンに喝采を送った。もちろん王室も、チェンバレンを支持した。憲法の定めによって、支持せざるをえなかったのだ。


「後になってわかることは多い」という決まり文句が出てくるのは大抵悪いサインだが、サイドラーの脚本に関しては、この言い訳は通用しない。彼はあらゆる点について誤解しているだけでなく、この期に及んでなおチェンバレンの政策について言い訳を並べ、正当化しようとしている。...続く
  
Slate特約

【後編】は2月25日にアップする予定です
─自分も吃音で73歳のサイドラーが『英国王のスピーチ』を完成させるまでの執念の物語、
■「国王に言葉を与えたオスカー候補の内なる声」
 は、2月23日発売の本誌3月2日号でどうぞ(カバーは特集はセレブ外交官のジョージ・クルーニー!)
─『ソーシャル・ネットワーク』『トゥルー・グリッド』など今年のアカデミー賞候補を総ざらいしたウェブ特集「アカデミー賞を追え!」も、今週末の発表前にチェックお薦めです

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB議長、利下げ前に一段のデータ「待つ」姿勢を再

ワールド

中国、WTO改革で米と対話の用意 「途上国」特権見

ビジネス

米5月求人件数、37.4万件増 関税の先行き不透明

ビジネス

住宅価格の上昇に伴う金融安定リスクを注視=韓国中銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    未来の戦争に「アイアンマン」が参戦?両手から気流…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中