最新記事

映画

『ソルト』の女スパイはアンジーそのもの

アンジェリーナ・ジョリー主演のアクション大作は、天使か悪女かわからない現実の彼女のイメージを巧みに利用している

2010年7月27日(火)18時23分
キャリン・ジェームズ

見えない素顔 ジョリー演じる女スパイのソルトは二重スパイか、究極の愛国者か

 先週末に全米公開されたアンジェリーナ・ジョリー主演のスパイ映画『ソルト』は、くだらないが楽しめる出来だ(日本公開は7月31日)。ジョリーがハイヒールを脱ぎ捨て、消火器と掃除道具で即席の火炎放射器を作り、CIA工作員が詰め掛けたビルから逃亡する様子を気楽に楽しめる。

 ジョリー演じるCIA工作員のイブリン・ソルトには、ロシアの二重スパイ疑惑がかけられており、身の潔白を証明するためにワシントンやニューヨークを飛び回る。橋げたから猛スピードで走るトラックの上に飛び移ったり、走行中の地下鉄から飛び降りるといったアクションが満載だ。

 フィリップ・ノイス監督(『パトリオット・ゲーム』)は、現実離れしたアクションによって国家の安全保障が守られているという軽薄なサスペンスの料理法を心得ている。
 
 ソルトは本当にロシアのスリーパー組織の一員として、スパイ活動を始めようとしているのか。その点にフォーカスした『ソルト』は、ロシアの美人スパイ事件が発覚していなかったら、今以上に馬鹿らしく感じられたはずだ。また、深遠な難題を扱ったレオナルド・ディカプリオ主演の『インセプション』と同時期に公開されていなければ、ジェットコースターのような展開をもう少し巧妙だと感じられたかもしれない。



当初はトム・クルーズが主演予定だった

 とはいえ、『ソルト』は単なるクールな夏休み映画ではない。この作品が面白いのは、ジョリーの「ショー」だから。成功の秘訣は、彼女の演技力だけではないし、主人公が女性のアクションスターであることも関係ない(公開直後の観客の反応やネットでの評判を見ると、女性アクションスターの到来を称える声が多いが、彼らはジェニファー・ガーナーが二重スパイを演じたテレビシリーズ『エイリアス』や、シガニー・ウィーバーの『エイリアン』、ジョリーが暗殺者に扮した『ウォンテッド』を見たことがないのだろうか)。

 『ソルト』の脚本は、ジョリーに合わせて書き換えられた。オリジナル版の主人公は男性スパイのエドウィン・ソルトで、トム・クルーズがこの役に興味を示していたとされる。だが新バージョンは女性スパイを主人公にしているとはいえ、男性俳優が演じてもおかしくない内容だ。銃撃戦の前に出産シーンがあるわけではないのだから。

 オリジナル版のエドウィン・ソルトには妻子がいた。一方、イブリン・ソルトには夫がおり、彼がロシア人に痛めつけられることを危惧したソルトは居場所を必死で探す(パートナーに危機が迫っていれば、男女を問わずそうするだろう)。

 ただし、この役を誰が演じても同じだという意味ではない。映画の序盤で派手なブロンドの長い髪をなびかせていたソルトは、変装する必要に迫られても、髪を茶色に染めるだけ。逃走中のスパイにふさわしい地味さとは程遠い。

 その風貌は、高級女性誌ヴァニティ・フェア最新号の表紙を飾っているアンジェリーナ・ジョリーそのもの。この映画の製作陣は世間の常識に縛られて、映画スターとしてのジョリーの魅力を押さえ込むような愚かな真似はしない。

 とはいえ、スリムなジョリー(とやや太めのスタント担当者)の身のこなしは、まるで『ダイ・ハード』のブルース・ウィリスだ。女性っぽさを排したジョリーなんて想像できないが、この映画のジョリーはそれに近い。ソルトは結婚しているため、彼女に好意を抱くCIAの上司(リーブ・シュライバー)との関係も友人レベルに留まっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中