最新記事

映画

76歳整形セレブのイタくて美しい真実

目と口しか動かない作り物の顔で毒舌を吐きまくるお下劣タレントに文化的価値を見出したドキュメンタリー

2010年7月15日(木)15時12分
キャリン・ジェームズ(映画評論家)

鉄仮面 整形や老化など自虐ネタにも容赦ないリバーズ(写真は2008年) Molly Riley-Reuters

 お下劣で不愉快極まりないけれど、自分のことまで笑い飛ばす。それが、コメディエンヌのジョーン・リバーズ(76)のやり方だ。

 リバーズの顔は整形手術を重ねているから、しわがまったくない。チョコレートバーのスニッカーズの広告では、顔のアップにこんなコピーが躍る。「おなかがすくと、しわが出ちゃうの」

 プロのギャンブラー、アニー・デュークを罵倒したこともある。「ポーカーで飯食ってるだなんて、人としてどうかと思うわ!」

 無鉄砲で奔放なリバーズだが、文化的価値なるものはあるのだろうか。十分にある、と教えてくれるのが、今年初めに公開されたドキュメンタリー『ジョーン・リバーズ──ある傑作』だ。

 リバーズは下ネタ交じりの下品なトークで、毒舌コメディエンヌの先駆けとなった。しかし、このドキュメンタリーで注目すべきなのは、むしろトーク以外の部分だ。映画はリバーズが75歳になった08年半ばから1年にわたって彼女を追い、むき出しの率直さと弱さが同居する姿を捉えている。

 コメディー番組に出演するためリムジンで移動する途中、リバーズはスタッフに泣き言を言う。

「ほんと、うんざりよ」

 年齢と整形手術を重ねていることがネタになるに決まっているからだ。では、なぜ引き受けるのか。お金が必要だからだ。

 スタッフの給料も払わないといけないし、超豪華なアパートの維持費も掛かる。ここに浮かび上がるのは、彼女のと傷つきやすさ、そして老いた今もセレブリティー文化の中で突っ張り続けることへの個人的な逡巡だ。

恐ろしくも抑制されたメークシーン

 相当に笑える場面もある。リバーズの古い映像からは、なぜ彼女のトークが毒を持ち得たかが分かる。アメリカで人工妊娠中絶が非合法だった頃には、こんなギャグを飛ばしていた。「私の友達に、プエルトリコで盲腸の手術を14回受けた子がいるけど──」

 今もリバーズは丸くなっていない。最近クラブで行った公演で、自分好みのセックスを実演するシーンは爆笑ものだ。腹ばいになり、高機能携帯電話のブラックベリーでメールを読みながら行為に及ぶ。「強烈なおばあちゃん」であることは、もう彼女のネタのうちだ。

 しかし、整形だけはやり過ぎだ。老化への病的と言っていいほどの抵抗がうかがえる。鉄仮面のような顔の中で、まぶたと唇だけが動いている。映画館の大画面で見ると、テレビよりはるかに強烈だ。

 その仮面の下の素顔が、このドキュメンタリーで見られるわけではない。冒頭は、リバーズがメークをするシーンで始まる。染みだらけのまぶた。毛穴がはっきり分かるあご。しかし、素顔全体は決して映らない。

 この映画はさまざまなことに白黒をつけていない。プロデューサーのエドガー・ローゼンバーグとの結婚を語るリバーズの言葉も、よく分からない。

「彼にぞっこんだったか? まさか。幸せだったか? そうね」。ぞっこんでなければ、出会って4日後にゴールインするだろうか。

 そのローゼンバーグが自殺したのは87年。彼はリバーズが司会を務めるFOXテレビの深夜番組を担当していた。ローゼンバーグを外せというFOX側の要求を断った彼女が番組を降ろされた後、命を絶った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国版の半導体の集積拠点、台湾が「協力分野」で構想

ワールド

アフガン北部でM6.3の地震、20人死亡・数百人負

ワールド

米国防長官が板門店訪問、米韓同盟の強さ象徴と韓国国

ビジネス

仏製造業PMI、10月改定48.8 需要低迷続く
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 7
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中