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愉快にねじれた大人の世界へ

リストラのプロを描く『マイレージ、マイライフ』は、インディーズ魂が宿るハリウッド大手の異色作

2010年3月24日(水)15時08分
デービッド・アンセン(映画ジャーナリスト)

出張人生 マイレージを貯めるのが生きがいの主人公を演じるクルーニー。完璧な孤独を生きてきたはずなのに、途中から調子が狂い始める(公開中) ©2009 DW STUDIOS L.L.C and COLD SPRING PICTURES. All Rights Reserved.

 ハリウッドの常識からいえば、ジェーソン・ライトマン監督の『マイレージ、マイライフ』は到底作られるはずのない作品だ。

 製作費は2500万謖と中途半端、コメディーにもシリアスドラマにもジャンル分けできない大人の映画──まさにハリウッドの大手映画会社が敬遠するタイプだ。

「普通なら映画会社はこの手の映画を信用しない」とライトマンも言う。それを言うなら、スケボー少年のような服装(ニット帽にジーンズとTシャツ姿)で、監督作が2本しかない32歳のライトマンも、信用されるタイプとは言い難い。しかし幼い頃からハリウッドを観察してきたせいか、業界のルールを覆す術を心得ている。

 ライトマンの父親は『ミートボール』『ゴーストバスターズ』など、これぞ80年代ハリウッドともいうべきコメディーを手掛けたアイバン・ライトマン監督。おかげで彼は恵まれた場所から映画ビジネスを見詰めてきた。若手監督が来るもの拒まずで映画に手を出し、型にはめられて行き詰まる姿も見てきた。自らもドタバタコメディー『ゾルタン★星人』の監督を持ち掛けられたが、断ったという。

 いま思えば、ハリウッドで2度目のチャンスに恵まれるほうが珍しいと、ライトマンも認める。しかし彼には、「親の七光ではなく本物の才能があることを」証明したいという目標があった。

 そんなライトマンも1度だけ父親に助けを求めたことがある。ウォルター・カーンが01年に発表した小説『マイレージ、マイライフ』の映画化権を買おうとしたときだ。

 ライトマンはウェストハリウッドの書店で、偶然この本に出合った。主人公のライアン・ビンガムは全米を飛び回り、企業に代わって人々に解雇を言い渡すのが仕事。家庭に縛られず独身生活を謳歌するライアンは、飛行機と空港とホテルを渡り歩き、マイレージが1000万マイルに届く瞬間を夢見る。

 孤独と旅を執拗に追い求めるライアンに共感したライトマンは、さっそく脚本を書き始めた。しかしデビュー作『サンキュー・スモーキング』を製作する資金が舞い込んできたために中断。数年後に執筆を再開したが、今度は『JUNO/ジュノ』を撮ることになり、またもや棚上げとなった。

 再び脚本を書き始めた頃にはアメリカ経済が破綻し、もはや失業は軽々しく扱える題材ではなくなっていた。「世界は変わっていた」と、ライトマンは振り返る。

 変わったのは世界だけではなかった。「私は彼女と狭いアパートで暮らしながらテレビCMを撮っていた若造から、住宅ローンを背負った妻子持ちになっていた」。すると突然、自分が書いた脚本に満足できなくなった。「あれは何の責任も背負っていない人間の視点で書いたものだった。当時の私は斜に構えて反抗し、ただ物笑いにするネタを探していただけだ」

クルーニーの焦りに注目

 そこでライトマンは高い目標を掲げた。ビリー・ワイルダーやジェームズ・L・ブルックスといった大先輩や、同時代の監督で最も尊敬するアレクサンダー・ペイン(『アバウト・シュミット』)のように、複雑でまじめで滑稽な人間模様を描こうと決めた。「アレクサンダーはまさに僕がやりたいことをやっている」とライトマンは言う。「人生を誰よりもまっすぐ描いている」

 大手映画会社が『マイレージ、マイライフ』のように、粋で奥行きのある大人の映画を作ったのは久しぶりだ。ライトマンが最初からライアン役にジョージ・クルーニーをイメージしていたせいか、クルーニー本人が役に重なる。2人ともあか抜けた色男だが、ライアンはクルーニーがめったに見せない動揺や弱さものぞかせる。

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