最新記事

映画

虚構を超えたヘビメタ・ドキュメンタリー

2009年10月22日(木)15時02分
ジェニー・ヤブロフ

 アンヴィルのようなイカれたバンドがこの世にいなければ、『スパイナル・タップ』は生まれなかった。でも『スパイナル・タップ』がなければ、ドキュメンタリーの『アンヴィル!』も作られなかったし、『オフィス』や政治風刺番組『コルバート・リポート』も生まれなかったかもしれない。

『スパイナル・タップ』は、世界初の風刺ドキュメンタリーではない(ウディ・アレンは『泥棒野郎』や『カメレオンマン』でドキュメンタリーの手法を使った)。しかし、その影響力は絶大だ。

 以前の私たちはドキュメンタリーらしい映像を見ると即、事実と思い込んだ。でも今は、事実とはっきりするまで信用しない。それどころか、笑えるならどっちでもいいとさえ思っている気がする。

『スパイナル・タップ』以前のロックドキュメンタリーは、60年代初頭にフランスで生まれたシネマ・ベリテの手法で作られていた。手持ちカメラを多用し、余計な演出を排除して観客にありのままの現実を見せようとした。

 でも観客が見せられる現実は、あくまで映画監督の目から見た現実。ライナーはこの手法をコピーすることで、独創性に欠けるドキュメンタリーしか撮れない監督と対象になるロックバンドを笑い飛ばした。ニュース番組の体裁を借りてお堅い識者を皮肉る『コルバート・リポート』や、俳優陣がカメラに直接語り掛けてドキュメンタリーの雰囲気を醸し出す『オフィス』も同じ発想だ。

虚構よりもイカれた現実

 パロディーとはいえ、『スパイナル・タップ』はロック界の現実に限りなく近いと感じるミュージシャンは多い。「スティングは50回見たと言っていた。リアル過ぎて、泣いていいのか笑っていいのか分からないそうだ」と、ライナーは言う。

 実際にあった出来事を下敷きにした場面もある。バンドのメンバーがライブ会場で迷子になるエピソードは、トム・ペティの実話から取った。ギタリストがサンドイッチのハムがパンに対して大きいと文句を言うくだりは、楽屋のキャンディー容器から茶色い粒のM&Mを抜いておけと要求したバン・ヘイレンの話が元ネタだ。

 偶然の一致もあった。例えば映画公開の2週間前、ブラックサバスがストーンヘンジのセットを舞台に組んだ。「アイデアを盗んだと文句をつけてきた。バカじゃないか」と、ライナーは語る。「映画を作るのに2年かかったんだ。2年前に連中のアイデアを失敬できるわけないだろ?」

『アンヴィル!』には、『スパイナル・タップ』以上に「スパイナル・タップ的」なイカれたシーンもある。ギタリストのスティーブ・カドロー(通称リップス)とドラマーのロブは、学校で習った異端審問の拷問をヒントに曲を作ったと懐かしそうに語る。ロブは「トイレの中身」を描いたという自作の絵を見せびらかす。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米韓制服組トップ、地域安保「複雑で不安定」 米長官

ワールド

マレーシア首相、1.42億ドルの磁石工場でレアアー

ワールド

インドネシア、9月輸出入が増加 ともに予想上回る

ワールド

インド製造業PMI、10月改定値は59.2に上昇 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中