たった13坪で1300冊を売る町の書店──元シンクロ日本代表と恩師・井村雅代コーチの物語

2025年6月13日(金)15時21分
川内 イオ (フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

浜寺水練学校のシンクロチームはAからEチームまであり、新人はEチームからスタートする。

Bチームに上がった中学3年生の時のコーチが、選手を引退したばかりの井村雅代さん。指導者として1984年のロサンゼルス五輪から6大会連続で日本代表にメダルをもたらし、さらに中国代表監督としても2008年の北京五輪と次のロンドン五輪でメダルを獲得した日本シンクロ界のレジェンドである。

「うちの母って、すっごい怖かったんですよ。『100点を取ろうと思ったら、120点を取るつもりで勉強しないとあかん、99点やったらあかん』というタイプだったんですけど、井村先生はその母よりも厳しくて、最初はもう、その怖さにびっくりしたんです。でも、井村先生はほんまに公平なんですよ。一生懸命練習する人間を、ちゃんと見てくれる。だから、頑張ろうって思えるんです」


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中学3年生の時のコーチが、選手を引退したばかりの井村雅代さんだった 筆者撮影

16歳で日本代表へ

しかし、高校1年生でAチームに進級してから間もなく、二村さんは引退を考えた。

シンクロでは、高身長でスタイルの良い選手が重宝される。そのほうが、見栄えがするからだ。ひとつ下には、その条件を兼ね揃え、後にロス五輪でメダルを獲得する元好三和子選手が入ってきた。158センチで身長が止まり、それをハンデに感じていた二村さんは、後輩たちから追い抜かれる前に辞めたいと思うようになった。ある日、意を決して井村コーチに告げる。

「先生、下からどんどん上手な選手も出てきてるし、私もう限界かなって思うんです」

この時の井村コーチからの返答は、今も二村さんの胸に刻まれている。

「あんたの限界はな、あんたが決めるもんちゃうねん。あんたの限界はな、私が決める」

この言葉を聞いて、「先生がそんなふうに言ってくれるんだったら、ついていくしかない」と気持ちを改めた二村さんは、シンクロに没頭。その数カ月後、日本代表に選出される。

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日本代表時代の思い出の写真 筆者撮影

16歳で日本代表になった二村さんは、名古屋とメキシコで開催されたパンパシフィック水泳選手権に出場。2大会連続で3位に入った後、「もう思い残すことはない」と競技の世界から離れることを決めた。

「先生、本当にありがとうございました」と挨拶に行ったとき、井村コーチは2年前と打って変わり、穏やかに受け入れてくれた。

大学に進学すると、「シンクロに恩返しをしよう」と、小中学生のジュニアチームのコーチを始めた。さらに20歳になる頃には、シニアの指導も手掛けるようになる。

当時から「私にはシンクロしかない。ずっとシンクロに携わっていきたい」と考えていた二村さんに、大きな転機が訪れる。8歳年上の男性と恋に落ち、20歳の時に学生結婚。

「白馬に乗った王子様が来たと思った」というバラ色の結婚生活はしかし、23歳の時に長女を出産した頃から少しずつ色褪せ始めた。

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