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オートバイ業界初の女性トップ桐野英子新社長はなぜ「漢カワサキ」で認められたのか

2021年12月12日(日)17時40分
河崎三行(ライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

「そういう経験には慣れてましたから、勘違いされているところにわざわざ出ていって、『私が社長です!』とむきになって正したりもしませんでした。そう思われるんだったら別にそれはそれでいいや、と後ろで黙っていると、慌ててセールスマネージャーが『いやいや違うんです、実はこの人が......』と言ってくれて、改めて話が始まるっていうのがいつものパターンでしたね」

そして初対面時に『女性が来たけど、バイクなんてわかるはずがない』と先入観を持たれたとしても、桐野氏がバイクにほれ込んでいるプロであることが伝わると、相手の反応は一変した。

「特に販売店さんとのやりとりの場合は、こちらに製品に対する愛や知識があるとわかると意気投合して盛り上がって、すごく打ち解けるっていうことがよくありました」

フランスのバイク店主たちをうならせたワケ

今回のインタビュー時、非常に率直でナチュラルな桐野氏の人柄がしばしばうかがえた。構えたところ、自分を大きく見せようとするようなところがまったくないのだ。だからこそフランスでもそうであろう、頑固なバイク屋のオヤジたちが、彼女には本音をさらけ出したのではないか。

フランスでのバイクの存在意義は、日本と大きく異なるのだと彼女は言う。

「日本よりもずっと広く深く、バイクが認知されています。自動車だとひどい渋滞に巻き込まれ、電車やバスなどの公共交通機関は各地を網羅していなかったり便数が少なかったりで、ものすごい時間がかかってしまう。だから週末にツーリングを楽しむのはもちろん、ストレスなく目的地に到着できる通勤・通学の足として、バイクを利用する人がとても多いんです。それも日本で言う大型を。彼らにとってバイクはある意味、実用品ですから価格にも厳しく、性能とのバランスをシビアに見て買っています」

そんなフランス市場において、カワサキのバイクの知名度は昔から抜群に高く、また他社にないプレゼンスを誇ってきた。

「フランス人は二輪、四輪を問わず耐久レースが大好き。カワサキのマシンは1970年代からヨーロッパの耐久レースで活躍し、さらに80年代以降はフランスに拠点を置くチームから世界耐久選手権にワークス参戦、幾度も優勝を飾ってきたので、『耐久レースに勝つメーカー』のイメージが出来上がっています」

さらに同国を舞台にした世界的スポーツイベントでの露出も、カワサキの知名度アップに大きく貢献した。

「今は別のメーカーに替わっていますが、自転車ロードレースの最高峰『ツール・ド・フランス』ではカワサキが長年、伴走車などのオフィシャルバイクを務めてきましたので、フランス人の記憶に強く残っているんです」

言葉の壁を乗り越えた"共通言語"

しかし桐野氏のKMF赴任当時は円高で、日本のバイクメーカー全体に逆風が吹いていた。とりわけカワサキにはフランス市場に合ったモデルがなかったため、大苦戦の真っただ中。同国内のシェアで4~5位に沈んでいた。

「その頃、フランスで人気があったのは大型のネイキッド(カウルなどのないシンプルな外見のもの)でした。というのも、事故や盗難が増えたせいで保険料が一気に値上がりし、特にカウル付きの高性能バイクは車両自体が高額なため破格の保険料が必要ということで、若い層を中心に敬遠されていたんです」

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