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世界経済

世界が前代未聞の債務の波に襲われても破綻しない理由

Why Massive Debt Doesn’t Worry Economists

2020年12月2日(水)19時30分
アレックス・ハドソン

世界全体の債務残高は前代未聞の水準に上る IMAGEDEPOTPRO/ISTOCK

<世界全体の債務残高は277兆ドルに達し返せる当てもないが、それでも政府は必要な支出を惜しんではいけない>

いかに私たちが健忘症でも、まだ忘れてはいないだろう。わずか10年前までは(少なくともヨーロッパでは)緊縮と禁欲、そして徹底した歳出の削減だけが生きる道だったことを。「天気のいいうちに屋根の穴を塞ぎ」、借金を減らして経済成長を促せ。それが必須で、借金のし過ぎは取り返しがつかないことになる。それこそが常識だった。

「最新の研究によれば、債務残高がGDPの90%を超えると長期の成長にネガティブな影響を及ぼすリスクが高まるそうだ」。10年前に、英財務相となる直前のジョージ・オズボーンはそう言い、こう付け加えていた。英国の債務残高は「2年以内にGDPの90%を超える見込み」だと。

今の世界は「債務の津波に襲われている」。国際金融協会(IIF)はそう警告している。世界各国の債務残高は年末までに合計で277兆ドルに達し、世界のGDP比で365%になるという。

10年前の政治家たちを驚愕させた90%の4倍以上。今年は「前例のない」出来事が十分過ぎるほどあったが、これもまたその1つだ。世界全体の債務残高は第2次大戦の直後以来、金額でもGDP比でも前代未聞の水準に上る。

かつて恐れられたGDP比90%の水準を、まだ超えていない先進諸国(日本を含む)はほとんどない。アメリカの債務残高はGDP比約131%。イギリスは108%で、イタリアは162%、ギリシャは205%。例外はドイツやオーストラリア、オランダなどだが、例外は例外。もはや100%超えが当たり前の世界だ。

例えばイギリス。財務相のリシ・スナクは歳出計画の発表に当たり、国家の長期的繁栄に不可欠と思えない支出については削減に努めるが、それでも歳出全体は増え続けると言明した。

イギリスの債務残高は今年7月に初めて2兆ポンド(約277兆円)を超えたところで、新型コロナウイルスによる経済への制約が続く限り、この先も増えるのは確実だ。10年前の債務残高(約1兆2000億ポンド)に比べたら倍近いが、それでもスナクが10年前のオズボーンのように「緊縮」を説く気配はない。

緊縮を説く学者は昔からいたが、債務残高をGDPの90%以内に抑えろと言い出したのはハーバード大学のカーメン・ラインハート教授(世界銀行の副総裁兼チーフエコノミストでもある)とチェスの名人でもあるケネス・ロゴフ教授だ。この2人は2010年の論文で「公的債務がGDPの約90%を超える国の成長率は、中央値で見ると、そうでない国に比べて約1%低下する。平均成長率で見れば、数%の低下になる」と指摘した。つまり、借金が増え過ぎると経済成長の持続は困難になるということだ。

借金にいいも悪いもない

しかし「彼らの依拠した数字は正確でないことが判明した」と、デロイトUKの主任エコノミストであるイアン・スチュワートは本誌に語った。「何が『適正』な比率なのかは、私にも分からない。現に日本は200%を超えている。擁護できる状況ではないが、それでも日本は持ちこたえている」

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