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世界経済

世界が前代未聞の債務の波に襲われても破綻しない理由

Why Massive Debt Doesn’t Worry Economists

2020年12月2日(水)19時30分
アレックス・ハドソン

つまり「債務の問題は管理できる」のだと、スチュワートは言う。「債務の累積に問題がないと言うのではない。放置すれば途方もないインフレを招くだろう。さもなければ債務不履行を宣言するか、国民にきつい緊縮を強いるかだ。それに比べたら、抱えた債務をうまく管理するコストは微々たるものだ」

ラインハートらの論文の主張は、実を言えば2013年には別の論文で論破されていた。しかし政治的には生きていた。現に当時の欧州委員オッリ・レーンやアメリカのポール・ライアン下院議員(共和党)も、この論文を引き合いに出して緊縮財政の必要性をしきりに説いていたものだ。

ちなみにラインハートとロゴフは当時の主張に矛盾があったことを認め、ニューヨーク・タイムズ紙への同年の寄稿で、経済学に「いつでもどこでも当てはまる規則などない。私たちも、90%という水準が決定的なものだと言った覚えはない」と釈明している。

そもそも彼らの主張は目新しいものではない。1970年代にも、当時の英国首相ジェームズ・キャラハンが「歳出の拡大で景気後退を乗り越え、減税と歳出増で雇用を伸ばす政策」は賢明ではなく、インフレ高進につながるだけだと主張していた。

私たちは今、学者も政治家もそんな考え方を否定し、とにかく公的支出の増大によって経済成長を促せばいい(つまり、債務のGDP比が100%を超えても気にするな)と考える時代に突入しているのだろうか。

「借金にいいも悪いもない」と言うのはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのイーサン・イルゼツキ准教授。「借金の目的は、歳入の有無にかかわらず、国家や国民が必要なことを、必要な時期に行う機会の確保にある。だから、借金のツケがどうなるかを考えるより先に、現下の景気後退を食い止めるために必要なことをすべきだ」と。

欧州の懸念材料と希望

結果としてどんな事態が生じるかは分からない。だが可能性としてはEU、とりわけユーロ圏の諸国に外交的な亀裂が生じるかもしれない。

ギリシャとイタリアは格段に債務が多い。とりわけギリシャはIMFとユーロ圏諸国の両方から何度も救済措置を受けてきた。しかも、そこへ新型コロナウイルスが追い打ちをかけている。

「一体ギリシャはどうやって返済するつもりか」と問うのはイギリスのキム・ダロック元EU常任代表・元駐米大使だ。「スペインやポルトガル、イタリアなどの南欧諸国は依然として成長力が弱い。東欧圏には政治的な問題もある。EU域内には深刻なストレスがかかっている」

ポピュリズムや極右政党の台頭と不況の関係は歴史を見れば明らかだ。90年前の大恐慌はナチスの台頭を許したし、10年前の金融危機はフランスでマリーヌ・ルペン率いる極右民族主義の政党を躍進させ、ポーランドでは同じく右派のアンジェイ・ドゥダ大統領の誕生を招いた。

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