最新記事

ポストコロナを生き抜く 日本への提言

ロバート キャンベル「きれいな組織図と『安定』の揺らぎ」

JAPAN TURNS FLAT

2020年5月4日(月)10時35分
ロバート キャンベル(日本文学研究者、国文学研究資料館長)

日本人は、という文字で始まる文章をあまり好きではないし、ほとんど書かないけれど、長い間教壇に立った経験から言わせてもらうと、多くの日本人は若い時分から周りの環境にすこぶる敏感である。自分の置かれた環境を推し量りながら言動を繰り出すのに順応しやすい。

具体的には、年齢とランクを発言の権利にひも付けがちで、下位にいるほどその権利はないという傾向を強く表し、自らものを言うことをチャンスではなくリスクだと見なしているから意思決定のプロセスからはじき出されてしまう。というよりも、ふだん奥まった席に座っている上位の先輩や上司などは彼ら彼女らの声をめったに聞こうとしないのである。ましてや表情や仕草など、物事が生み出される過程で表れる閃(ひらめ)きのシグナルなど目に留まるはずがない。

昨年、興味深いアンケート調査が国内の人材サービス会社から発表された。行ったのはパーソル総合研究所で、その内容は、日本を含むアジア太平洋地域の14の国と地域の中で、就業実態・成長意識を問うもので、インターネットを通して各国・地域の現役世代1000人からサンプルを得ることができたという。

外国との比較で課題はいくつか浮かび上がってきた。日本で働く人の中で管理職を志向する者は21.4%と最下位であること。一方では、勤務先以外の所で学習や自己啓発の機会を持つことについて、「特に何も行っていない」が46.3%で、各国・地域の中で最も高い割合になっていること。だからと言って、というか案の定、定年前に起業・独立したいという志向を見ると、東南アジア(シンガポール以外)、インド、中国では、起業・独立したいという志向を持つ人が4割を超えるのに対し、日本人は15.5%しかおらず、最下位に甘んじている。さらに、日本はダイバーシティ(多様性)受容度も低く、女性上司や外国人と働く抵抗感が最も高いことも際だった特徴としてあぶり出されている。

人文系研究所の館長席からは右に描いたような景色はあまり見当たらない。管理職における男女比も国籍の多様性も課題は全くないわけではないけれど、まずまずバランスを取っているつもりである。平均的な一般企業と比べると、ダイバースな陣営にはなっている。日本の企業は、自国民の男性を中心に回り、同調圧力が強く、自社でしか通用しない業務プロセスを通して仕事を遂行することが多い。その代わり、一種の安定は得られている。

しかしどうであろう。新型コロナウイルス感染症の影響でその「安定」すら、大きく揺らぎかねない。テレビ会議やフレックスタイムなどといった、物事をフラットに見せ、再配置する取り組みの浸透によって何が変わり、何が変わらないかを今後注目していきたい。将来のイノベーションは間違いなく手前のほうの、周りの顔色を見ないまま声を上げてくる人たち一人一人が運ぶに違いないからである。

<2020年5月5日/12日号「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集より>

【参考記事】日本のコロナ対策は独特だけど、僕は希望を持ちたい(パックン)
【参考記事】世界一「チャレンジしない」日本の20代

20050512issue_cover_150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルが対円・ユーロで上昇、FRB議長

ビジネス

米国株式市場=まちまち、金利の道筋見極め

ビジネス

制約的政策、当面維持も インフレ低下確信に時間要=

ビジネス

米鉱工業生産、3月製造業は0.5%上昇 市場予想上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中