最新記事

ライフライン

インド大停電が照らし出す電力不足の闇

インフラへの予算配分を渋ってきたインド政府は未曽有の事態を改革の好機と捉えるべきだ

2012年10月2日(火)15時33分
マニク・V・スリ(ペンシルベニア大学インド高等研究所客員研究員)

日常の光景 停電のなか三輪タクシーで外出するニューデリー市民 Ahmad Masood-Reuters

 インドという国には、何であれ「最大」の語が付きまとう。先週の大規模停電も史上最大だった。影響を受けたのは6億5000万人以上。世界の総人口のほとんど10%だ。

 大規模な送電網のトラブルがあった翌日の7月31日、インドの北部と東部を中心に広い範囲で電力の供給が途絶えた。電車も地下鉄も止まり、商店は閉まり、病院は手術の予定を遅らせた。電力は何時間かで復旧したが、忘れるべきでない事実が1つ。21世紀の今もインド国民の3分の1が電力なしで暮らしており、暗闇は彼らの生活の一部だという事実だ。

 真っ暗な中でろうそくを囲む人々の写真が世界中に配信され、皮肉にも今回の停電で照らし出されたのは、この国の抱える根深い構造的な問題──インフラや教育、医療といった公共財の深刻な不足だ。数億のインド国民が、今なお開発から取り残されている。

 今こそ政治家は行動を起こすべきだ。腰の重い連邦政府の尻をたたき、改革へと駆り立てなければならない。今回の事態を警鐘と受け止めて行動を起こさないなら、政治家は今後も、この国の成長を妨げる最大の障害であり続けるしかない。

 未曽有の停電で、世界中がインドの深刻な電力事情に気付いた。そもそも、電力供給が足りていない。インドは世界第4位の電力消費国で、その発電能力は今後5年間で50%近く増加するとみられている。だがインド中央電力庁によればピーク時の電力需要は今も供給量を10%以上も上回っている。

 輪番停電はインドの都市部でも日常茶飯事だ。地方部を中心に、今も3億人以上が電力なしで暮らしている。

 原因はいろいろある。一部の州政府は連邦政府の命令を無視し、割り当て分以上の電力を平気で使っている。電力泥棒と送電中のロスで消える電力は、総発電量の38%にも上る。送電線の電気抵抗を即座に減少させる効率的な制御装置があるのに、政府はいまだ導入していない。過去に大規模停電が起きた際に専門家委員会が出した提言の数々は、いまだに政府当局者の机の上で眠っている。


このままだと経済は失速

 電力供給の不安定さはインド経済の足を引っ張っている。インド産業連盟によれば、今回の停電によって企業が被った損害は数億ドルに上る。慢性的な電力不足はインドの競争力を損ね、生産を止め、雇用の喪失を招き、時には人命をも脅かす。連邦政府自身の推定でも、こうした電力不足の常態化でインド経済の成長率は1・2%ほど低下するという。

 電力不足は起業家精神にもダメージを与える。インド人がいくらコスト感覚に優れ、柔軟な発想にたけていても、できることには限度がある。

 事は電力の不足にとどまらない。成長に不可欠な社会基盤の整備は極端に遅れている。高速道路の整備や舗装道路の拡張、近代的な空港や港湾整備の必要性は以前から指摘されているが、政府は必要な投資を怠ってきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

仏ルノーCEOが退任へ、グッチ所有企業のトップに

ワールド

トランプ氏の昨年資産報告書、暗号資産などで6億ドル

ワールド

イラン、イスラエルとの停戦交渉拒否 仲介国に表明=

ワールド

G7、中東情勢が最重要議題に 緊張緩和求める共同声
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中