最新記事

貿易

世界最大の貿易障壁はWTO

世界で決めようと無理するより地域間合意を積み上げていくほうが経済的にも合理的

2011年3月29日(火)13時11分
ダニエル・アルトマン(エコノミスト)

不毛 153カ国・地域が一堂に会しても壮観なだけで何も決まらない Denis Balibouse-Reuters

 今年末に期限を迎えるWTOの新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)を救うため、153カ国・地域の代表が今週、ジュネーブに集結する。だが、その成否は人々の生活にほぼ関係ない。貿易交渉はWTO抜きのほうがはるかに前進するからだ。

 ドーハ・ラウンドで貿易障壁が低くなれば、最大の受益者は途上国だというのは建前にすぎない。01年時点の推定で年間2000億ドルとされた恩恵の受け手はナイジェリアやネパールのような貧困国ではなく、中国やブラジルなど既にかなりの発展を遂げた貿易大国だ。

 WTO交渉は前にも決裂したことがあるし、今度もそうかもしれない。だからといってこの10年間、あらゆる貿易交渉が麻痺状態だったわけではない。それどころか世界ではかつてないペースで二国間や地域間の自由貿易協定が締結されている。

 そして自由貿易の未来もここにある。ユートピア的な世界的合意ではなく、もっと実務ベースの地域交渉だ。

全加盟国に拒否権の悪平等主義

 WTO最大の問題の1つは、全加盟国が拒否権を持つ平等主義だ。現実には、貿易障壁撤廃で153カ国すべての賛成を得るのは、子犬にシンクロナイズドスイミングを教えるようなもの。前進の道は唯一、貿易交渉をWTOから解放することだ。地域の貿易相手国同士で自発的交渉を進めればいい。

 世界は最終的に4〜5つのブロックにまとまるだろう。おのおののブロックの顔触れは貧困国から先進国までさまざまになる。こうした補完的な組み合わせが、最も自由貿易の恩恵を引き出しやすいからだ。富裕国は貧困国の原材料や労働力を必要とする。貧困国は富裕国に輸出ができる。それぞれのブロックは市場も大きく多様性に富んでいるので、ブロックの外の国々と貿易交渉をする必要はない。

 その代わり、ブロック内の国々の貿易障壁をなくすことに集中する。先に自由化した国は、それだけ早く貿易の果実を得ることができ、所得も増加する。特に諸外国の技術やスキルを活用できる貧しい国は、それだけ所得の伸びも大きくなる。

 その結果、ブロック内の国々の間では次第に所得や賃金が平準化してくる。すると、より安い原料や労働力を求めてブロック外の世界におのずと目が向く。ブロック同士が自由貿易交渉を望み出す段階だ。これこそが世界的貿易交渉の自然な姿と言える。WTO発足時の目標どおり、WTOが必要ない世界だ。

[2011年3月 2日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、日米欧台の工業用樹脂に反ダンピング調査 最大

ワールド

スロバキア首相銃撃事件、内相が単独犯行でない可能性

ビジネス

独メルセデス、米アラバマ州工場の労働者が労組結成を

ビジネス

中国人民元建て債、4月も海外勢保有拡大 国債は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中