最新記事

経営者

ジョブズはアップルに戻らない

2011年1月18日(火)18時58分
ファーハッド・マンジョー

 テクノロジーおたくの面々は長年、アップルとジョブズがユーザーを子ども扱いし、マシンを能率的で使いやすい形に改良する代償として利用者の自由を奪っていると批判してきた。そうした不満は往々にして的を射ているが、アップルがこれだけ成功している以上、争っても無駄だろう。

 アップルのライバル企業、とりわけグーグルが、すべてを自社で囲い込むジョブズ方式と正反対のアプローチを取っているのは事実だが、彼らもまたアップル方式を随所に取り入れている。例えば、市場に出回っているスマートフォン(高機能携帯電話)はすべて、アップルと同じく、一元化されたアプリケーションストアを介してソフトを配布している。また、モバイル機器のどのOSも、一般ユーザーの利便性を優先してファイルフォルダやデバイスドライバ、詳細設定を隠すか除外している。

 マイクロソフトが直営の小売店を展開しはじめたのも、デルがパソコンの退屈なデザインとマーケティングの改革に巨額を投じているのも、ジョブズの手法の焼き直しだ。

アップル社内に浸透するジョブズの「バイブル」

 だとすれば、ジョブズ不在でもアップルの未来を案じる必要はないのかもしれない。私は昨年、ジョブズの成功の秘訣を探るために多くのアップルの元社員に話を聞いた。彼らは、ジョブズが細部にまで徹底的にこだわった点が勝因だと口をそろえた。

 IT企業の大半のCEOと違って、ジョブズは自ら、あらゆる主要商品の責任者を務めていた。技術者やデザイナーと毎週のように打ち合わせを重ね、大量の批評を浴びせた。彼は想像以上の完璧主義者であり、100%の自信がもてないかぎり、新商品を発表することはない。

 アップルが第2のジョブズを見つけるのは難しいだろう。だが、ジョブズのビジョンがIT業界に広まったように、彼の思想は「バイブル」としてアップル社内に浸透している。ジョブズの右腕のティム・クックやフィル・シラー、ジョナサン・アイブ、スコット・フォーストールをはじめとするアップル幹部は皆、テクノロジーの未来に関するジョブズの考え方を熟知している。あらゆるものをよりシンプルに、より万人に使いやすく、IT業界の狭い常識からより自由にする、という姿勢だ。

 初代マッキントッシュの開発チームで設計に携わったアンディ・ハーツフェルドが、自著『レボリューション・イン・ザ・バレー』で記したエピソードを思い出してみよう。マッキントッシュのデザインを検討する際に、ジョブズは突飛なアイデアを次々に繰り出した。最初はポルシェのような形を希望し、次はデパートで見かけたフードプロセッサ「クイジナート」に似たデザインを要求した。最終的なデザインはクイジナートとは程遠かったが、ジョブズが目指すものはチーム全員が理解していた。「他の何とも違うものが必要なんだ」と、彼は言い続けた。

 あれから30年近く経った今、ジョブズはその理想を実現した。彼が世に送り出したマシンはクイジナートやポルシェと同じくらい人気があり、操作しやすい。
 
 絶頂期に退場したいのなら、今こそ最高のタイミングだ。

Slate.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科の社債急落、政府が債務再編検討を指示と報道

ワールド

ウクライナ和平近いとの判断は時期尚早=ロシア大統領

ワールド

香港北部の高層複合アパートで火災、4人死亡 建物内

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中