最新記事

金融規制

スイスが教える危機克服の秘訣

金融危機直後は国家破綻したアイスランドと同じ危機的状況だった小国が、通貨・銀行とも世界最強に返り咲けたのはなぜか

2011年1月12日(水)15時11分
シュテファン・タイル(ベルリン支局長)

 スイスは、世界でも最悪の部類の金融破綻を経験するところだった。そのスイスが今では金融規制の手本になっている。

 08年の世界金融危機当時、スイスは特に懸念材料を抱えていた。クレディ・スイスとUBSといった大手を筆頭に、金融界の資産総額はGDP(国内総生産)の何と680%に達していた(米商業銀行の総資産はGDPの70%だった)。そのうち有害な不良資産がどのくらいあるのか、誰一人として把握していなかった。

 その一方で、これらの金融機関はあまりにも大き過ぎて、本格的な金融危機になれば小国スイスには救済し切れない、と誰もが確信していた。資本逃避が起きれば、スイスの通貨と経済はひとたまりもないと思われた。

 当時の状況は、アイスランドに怖いほど似ていた。スイス同様、独自の通貨と桁外れに大きいグローバル金融機関を有する小国だ。アイスランドは大手銀行の破綻を受けて深刻な景気後退に陥っており、IMF(国際通貨基金)からの財政支援に頼り切っている。

 しかしスイスは今、世界中に吹き荒れる嵐の中で盤石の地位を築いている。スイスフランは世界最強の準備通貨の1つで、クレディ・スイスもUBSも世界の大手銀行で有数の自己資本比率の高さを誇る。大量の外国資本がスイスに流入し、金融機関にも資本が戻ってきている。

 アメリカの状況とは雲泥の差だ。FRB(米連邦準備理事会)はいまだに、不振に陥っている金融部門に資金を注入しているが、回復の兆しはほとんど見えない。やはり世界金融危機で大打撃を受けたドイツでも、政治家が得体の知れない投機家と戦い、公表されていなかった不良資産による損失が毎月のように明らかになっている。スイスはユーロ導入国の多くとも違って、債務不履行が懸念されたことは一度もなかった。

より早く、より厳しく

 スイスはどんな正しい対策を講じたのか。1つには、スイスの規制当局と中央銀行がほとんどの国より迅速かつ断固とした措置を取ったことが挙げられる。

 08年9月にリーマン・ショックという嵐がやって来る前から、スイスはUBSの不良資産対策を懸命に練っていた。GDPの4倍を超える総資産を持つUBSは、スイスの金融機関で一番の問題児だった。リーマン・ショックが起きると、スイスの中央銀行は直ちにUBSの不良資産の一部を買い取るとともに資本注入を行った。他の欧米各国が土壇場まで救済を先送りにして、多くの問題を長引かせたのとは対照的だ。

 もう1つは、金融機関の規制強化は将来の危機や資金投入から納税者を保護するだけでなく、結局は金融ビジネスにとってもプラスになると、政府が早くから判断していたことだ。世界金融システムへの信頼がゆっくりと回復するなかで、スイスの金融機関はより厳格な(従ってより健全な)ルールを守るべきだという認識は、最も重要な顧客──スイスの金融機関に財産管理を任せる世界の富豪──の信頼獲得に役立つ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

鉄鋼関税、2倍の50%に引き上げへ トランプ米大統

ビジネス

アングル:トランプ関税、世界主要企業の負担総額34

ワールド

トランプ米大統領、日鉄とUSスチールの「パートナー

ワールド

マスク氏、政府職を離れても「トランプ氏の側近」 退
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中