最新記事

通貨

ネオコンに成り下がったクルーグマン

人民元を切り上げない中国にアメリカ単独で制裁を課そうと主張するノーベル賞経済学者の愚

2010年3月16日(火)17時21分
ダニエル・ドレズナー(米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授)

けんか腰 クルーグマンの主張はまるで強硬策を振り回すネオコンのようだ Tami Chappell-Reuters

 ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンは、どうやら新保守主義者(ネオコン)と運命を共にするらしい。厄介な国際問題に直面すると国際機関の役割を軽視し、けんか腰の単独主義を取りたがるあのネオコンだ。

 14日付けのニューヨークタイムズ紙に掲載されたクルーグマンのコラムは、またも中国の為替操作に関するものだった。世界経済における中国の影響力は一般に思われているよりも小さいと述べたうえで、コラムをこう締めくくっている。


1971年にアメリカが同様の(今の中国ほどひどくはないが)ドル高に直面したときは、外国からの輸入品に10%の輸入課徴金を賦課して対応した。この課徴金は、ドイツや日本などの国々が対ドル為替レートを切り上げる通貨調整を実施したことで数カ月後に撤廃された。現時点で、同様の通貨調整を受ける脅威がなければ中国が通貨政策を変えることは考えにくい。ただし今回の場合、課徴金は25%程度になるだろうが。


 実に大したものだ。世界経済の歴史を自分の都合の良いように解釈している。

 71年にドルが実力以上に高くなっていたのは事実だ。ただしクルーグマンは、その責任がアメリカ自身にあったことを言い忘れている。元凶は、ジョンソン、ニクソン両政権が60年代から続けた「銃とバター(軍事費と社会福祉事業費の拡大)」の財政政策(戦争と財政支出増大の両方を抱えるアメリカの現状を連想させる)。ベトナム戦争を進め、社会福祉事業費の支出を大幅に拡大した一方で、増税はしなかった。このマクロ経済政策がインフレ期待と「ドルの過剰供給」を引き起こした。

 市場は長期的なドル安を予想してドルを売り、各国政府はドルの価値を維持するためにドル買い介入を行った。これは各国がそう望んだからではなく、当時はブレトンウッズ体制という固定相場制で、ドルに対する自国通貨の価値を一定に保つよう決められていたからだ。さらにブレトンウッズ体制下、1ドルは金1オンスの価値をもつ建前だった。だがアメリカにもはやその支払い能力がないことは誰の目にも明らかで、たまりかねたイギリスの財務相が所有するドルをすべて金に交換して欲しいと迫ったとき、ニクソンはようやくドルと金との交換を停止して固定相場制にピリオドを打った。

 要するに、71年当時、国際経済の「ならず者」は日本でもドイツでもなく、アメリカだったのだ。

 それならば、アメリカの同盟国や友好国を遠ざける単独主義をとる前に、多国間主義的をとってはどうだろうか?

 確かにクルーグマンが指摘するように、多くの多国間主義的なアプローチが行き詰まっているように見えることは確かだ。同じく14日付けのニューヨークタイムズは、1面にこんな記事を掲載した。


 中国の為替政策に詳しい情報筋によると、中国政府は2007年以来、中国がいかに人民元の為替レートを実質的な価値以下に抑えようとしてきたかを記録した国際通貨基金(IMF)の一連の報告書を潰そうと動いてきた。

 昨年9月にピッツバーグで開かれた先進20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)で、各国は11月までに経済政策を共有することに合意した。景気刺激策からの移行に関して協調し、世界経済が景気低迷からそのままインフレへとなだれ込むのを防ぐためだ。G20参加国はIMFがその調停役になることにも同意した。

 しかし中国の経済政策に詳しい情報筋が匿名で語ったところでは、中国政府は11月の締め切りを過ぎてから、ほとんどが過去のデータで埋まったあいまいな文書を提出してきた。中国は、自国の通貨政策を批判する勢力に攻撃材料を与えることを恐れた、と彼らは言う。


 最後のG20に関する話は特に不穏な動きだ。世界経済上の不均衡が是正されるはずのプロセスだからだ。ではクルーグマンが正しくて、単独主義しか解決策はないのだろうか?

 そうは思わない。ブレトンウッズ体制の終焉と現在の「第2のブレトンウッズ」との間の大きな違いは、今回はアメリカが孤立していないことだ。71年当時は、誰もがアメリカの経済政策の継続に反対していた。そして現在は中国が国際経済の「ならず者」だという合意が世界で形成されつつある。

 クルーグマンが同じ事を繰り返すのなら、私もそうしよう


 この駆け引きで最も打撃を受けるのはアメリカではない。中国の為替政策に翻弄されるのはアメリカ以外の世界、特にヨーロッパやアジア・太平洋地域だ。こうした国々の通貨はドルに対しても人民元に対しても値を上げており、アメリカ市場での国内製品や中国からの輸出品に対して競争力を失っている。


 人民元安のために多くの国がアメリカと同じく困っている状況で、なぜアメリカが単独主義を貫かなければならないのか? 中国の為替政策で損害を被る国々と共に、中国抜きの国際的な枠組みを立ち上げればいいではないか。

 私は何か見落としているだろうか?


Reprinted with permission from Daniel W. Drezner's blog, 16/03/2010.©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アンソロピック、リスク指定で売上高数十億ドル減も 

ビジネス

Linux企業SUSE売却をEQTが検討、最大60

ビジネス

シンガポール取引所、アジア国債先物を上場へ 地政学

ビジネス

G7内での国際協調に向け、今後も「必要に応じて会合
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「一日中見てられる...」元プロゴルファー女性の「目のやり場に困る」密着ウェア姿がネットを席巻
  • 4
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 5
    ダイヤモンドのような「ふくらはぎ」を鍛える最短ル…
  • 6
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 7
    ホルムズ海峡封鎖、石油危機より怖い「肥料ショック」
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    プーチンに迫る9月総選挙の暗雲
  • 10
    なぜ脳は、日本的「美」に反応する? 欧米の美とは異…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 6
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 7
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中