最新記事

ウォール街

金融業界の高額報酬には道理がある

同じハーバード大学出身でも金融界に就職した卒業生が3倍の年収を稼ぐのは、能力でも詐欺でもなく金融業の収益構造が変わったせいだ

2010年1月20日(水)18時26分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

「銀行に責任税を」の声も 1月13日、金融危機調査委員会で金融危機の原因について証言したJPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモンCEO Jason Reed-Reuters

 ウォール街の人々はなぜ、これほど巨額の報酬を得られるのか。アメリカの失業率が10%に達するというのに、経済危機を引き起こした張本人たちは真っ先に立ち直り、桁外れの報酬を受け取っていることに、国民は当惑し、怒りを感じている。

 ゴールドマン・サックスの昨年の推定年俸は平均60万ドル近く。JPモルガン・チェースの投資部門では40万ドル弱とされる。しかも、こうした平均値には表れない事実もある。下級スタッフの報酬はそれほど高くないため、トップトレーダーや経営陣のボーナスは数百万ドルに達するのだ。

 ウォール街の幹部たちは他の人と比べて、それほど賢く、それほど勤勉なのだろうか。

 本人たちも認めるように、そんなことはない。米議会が設立した金融危機調査委員会(FCIC)が1月13日に開いた公聴会で、大手金融機関の首脳陣は、自分たちの失策が金融危機の直接の引き金になったと認めた。

 金融業界の幹部は優秀で勤勉かもしれないが、特別な才能があるわけではない。彼らが高額の報酬を得ているのは、彼ら自身の能力というよりも勤め先のおかげだ。ハーバード大学の卒業生の追跡調査を行った同大学のエコノミスト、ローレンス・カッツによれば、金融業界に就職した者は「成績と出身地、専攻が同じだった他の卒業生の3倍の収入を得ている」という。

 ウォール街の業務に、ほかの高報酬の職業の3倍の価値があるとは思えない。世間がイメージするように、ウォール街は巨大なカジノに近い面もある。だが、資本を振り分けて(うまくいけば)経済を活性化させる役割を忘れてはいけない。

 07年にはウォール街の金融機関のおかげで、企業は有価証券の売買によって2兆7000億ドルを手にした。だが1990年代のITバブルや一昨年来の経済危機の苦い記憶のように、投資に失敗することもある。失敗したときに失業率の上昇や投資損など多大な社会的コストが生じることを考えると、「ウォール街は常に桁外れの経済価値を創出しており、桁外れの報酬に値する」という考え方には疑問符が付く。

動かすカネが製造業とはケタ違い

 ウォール街の報酬が高いのには、別の理由がありそうだ。大半の業種では、自分たちが作ったもの、もっと現実的にいえば雇用主が作ったものに基づいて対価が支払われる。

 一方、ウォール街の報酬水準は国富(国内にある資産の総額)とリンクしている。投資銀行やヘッジファンド、非公開投資会社などの金融機関は、株や債券などの有価証券を自ら運用して利益を上げる。また、投資信託会社や年金基金、個人富裕層などに投資のアドバイスもしている。

 GDP(国内総生産)と国富には大きなギャップがある。金融危機の前年の2007年のGDPはおよそ14兆ドルだが、その年のアメリカの家計資産(住宅や車、株、債券など)はGDPの5.5倍の77兆円だった。非金融資産(主に住宅)を除くと、GDPの3.5倍に当たる50兆ドル。金融資産から家計の負債分を差いても、GDPの2.5倍の35兆ドル相当の価値があった。

 つまり金融業界は、勤勉で高い技能をもった生産者よりずっと巨額のカネを動かしているのだ。彼らが高給を得られる理由もそこにある。

 GDPと国富に似た割合の増減があったとしても、生じる利益や損失の絶対額が大きく違う(国富の増減はGDPの5倍に相当する)。

 高額の企業合併や相続対策、離婚や節税などに関わる弁護士も、資産の運用や保全状況にリンクして報酬が支払われるといううらやましい立場にある。司法関連情報サイト「アメリカン・ロイヤー・マガジン」によれば、上位25社の弁護士事務所に務めるパートナーの2008年の年俸は、平均130〜140万ドルだったという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

東ティモール、ASEAN加盟 11カ国目

ワールド

米、ロシアへの追加制裁準備 欧州にも圧力強化望む=

ワールド

「私のこともよく認識」と高市首相、トランプ大統領と

ワールド

米中閣僚級協議、初日終了 米財務省報道官「非常に建
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任務戦闘艦を進水 
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 10
    アメリカの現状に「重なりすぎて怖い」...映画『ワン…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 4
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中