最新記事

メディア

「ネットは無料」の常識を破れ

広告収入に頼らずに黒字経営を維持する単純で確実な方法がある

2009年9月15日(火)13時20分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

 ジェーソン・カッツが窮地に陥ったのは前回の不況期、01年のことだった。彼が経営するインターネットサイト「パルトーク」はサービスを無料で提供して広告料で稼ごうとしていたが、IT(情報技術)バブルの崩壊を受けて広告が急減したのだ。

 パルトークは文字だけでなく音声を使って対話できるチャットルームを運営していた。そこでカッツは特別機能を追加した利用プランを有料化するという大胆な策を講じた。

 おかげで04年以降、経営は黒字に。業界の常識に反して、ユーザーはオンラインサービスにカネを払うものだとカッツは考えるようになった。「料金を払ってくれなどと頼んだら、ライバルに顧客を奪われると恐れる企業もあるようだが、それは明らかに誤解だ」

 だとすれば、大手ハイテク企業の多くが誤解していることになる。米ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)大手フェースブックは2億5000万人の会員を擁するネット最大級のサイト。広告収入は年3億~5億ドルだが、経営は赤字続きだ。会員数4000万人の人気ミニブログサイト、トゥイッターは利益どころか収入を上げようともしていない。さらにグーグル傘下の無料動画投稿サイト、YouTubeも広告は掲載しているが、黒字を出すには至っていない。

フェースブック有料化の予定はないが

 どうして利用料を取らないのか。そんなに便利なサービスなら、利用者はカネを払うはずだ。だが現在の業界には「ネットは無料でなければならない」という常識がある。だから企業は「利用者の多さをカネに換える」方法をひねり出そうと苦労しているのだ。

 今後、SNSはサイトの会員の意見をモニターしてイメージ調査に利用する他企業に料金を課したり、ユーザーを通販サイトに誘導して成功報酬を得たりするようになるかもしれない。あるいはハードウエア部門に参入して自社アプリケーションを標準搭載した携帯端末でも開発するか。「なりすまし」のトラブルを防ぐ名目で著名人や企業から「公認アカウント料」を徴収するか。

 だが最も単純な解決策は目の前にぶら下がっている。サービスを有料化すればいい! 私はフェースブックを活用していないが、利便性は認めているので月5ドルなら払う。ヘビーユーザーの10代や20代の若者は毎日数時間フェースブックを利用しており、これがなくなれば困るはずだ。彼らが月5ドルを出し渋るとは考えにくい。たとえ会員の半数が去っても、巨大なビジネスが見込める。

 それでも足踏みしている背景には、有料化は短絡的で成長の妨げになるという考え方がある。無料で世界中の誰もが参加できるほうが可能性は大きいというわけだ。「フェースブックは無料サービスで、それを変更する予定はさらさらない」と、マーケティング責任者のエリオット・シュレージは言う。

 パルトークを運営するカッツの提案はなかなか常識的だ。同社のソフトをフェースブックのオプションサービスとして提供し、月額使用料を徴収してはどうか。「うちの技術を採用することでフェースブックは巨額の富を得られる」と、カッツは言う(彼自身も十分な分け前にあずかる)。だが残念ながら、フェースブックとの協議は実現していない。

「月額5ドル」が生み出す巨大市場

 当初のパルトークはテキストに音声を加えた「インスタントメッセージの上級版」でしかなかった。稼げるようになったのは01年に動画サービスを追加してから。メッセージと動画の交換サービスが無料で利用できる相手を最大10人に限定し、チャットルームの利用や数百人が投稿する動画の閲覧には月14・95ドル(または年60ドル)を課金。企業向けのバーチャル会議室も設置し、最大ユーザー数に応じて月90~1000ドルで1日24時間、専用の空間を使えるプランを組んだ。

 400万人の会員のうち、有料サービスに加入したのはわずか5%だった。だがその比率をフェースブックの会員数に当てはめれば1年に1250万人が60ドル、つまり7億5000万ドル支払う計算になる。パルトーク単体でも割のいいビジネスになっている。従業員は38人で、「数千万ドル」という年間売上高の85%は有料サービスの利用料だ。

 広告も引き続き掲載するが、広告料は急落して01年より「さらに冷え込んでいる」。業界の常識からすれば妙な話だが、パルトークが生き残れたのは有料化のおかげ。業界の大物たちもその点を覚えておくといい。

[2009年8月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日鉄とUSスチールの「パートナー

ワールド

マスク氏、政府職を離れても「トランプ氏の側近」 退

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23

ワールド

トランプ氏の核施設破壊発言、「レッドライン越え」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中