最新記事

新興国経済

ブラジル経済の第2ステージ

ルラ大統領のもと安定成長を実現したブラジル経済、今後は安定重視から成長重視への段階的なシフトが必要だ

2009年4月21日(火)16時59分
ルチル・シャルマ(本誌コラムニスト、モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメント新興市場責任者)

大豆や鉄鉱石などの商品はブラジル経済の成長を支えてきた(タンガラ・ダ・セハの大豆畑) Paulo Whitaker-Reuters

 世界的な経済危機の衝撃で、多くの国は意気消沈している。だが、ブラジルでは陽気な日々が続いている。もちろんブラジルも無傷ではない。この5年間平均約4%の成長を誇ってきた経済も09年はスローダウンする見通しだ。資本の流れも滞り、信用の収縮が続いている。

 だがこれまで何度となく危機に見舞われてきたブラジルでは、今回の事態も「以前にも同じようなことがあった」と受け止められている。今回は外国発の危機でブラジル国内に原因があるわけではないことも、人々に安堵感を与えているようだ。

 ブラジル国内のこうした空気を最もよく反映しているのが、ルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領の人気だろう。80%近い記録的な支持率で、現在の世界で最も人気の高い指導者のはずだ。

 高い支持率は、ルラ自身が国内経済の成長鈍化をアメリカのせいにし、過去5年間の安定を自分の手柄にしているせいでもある。
だが東ヨーロッパやアジアの新興国と比べて、今回の危機に対するブラジルの反応が大きく異なる理由は他にもある。

 多くの新興市場が成長最優先の政策を取ってきたのに対して、ブラジルはこの10年間、安定を最優先事項にしてきた。

5年おきの危機から脱却

 ブラジルにはそうしなければならない理由があった。80年以降、ブラジルは5年おきに何らかの危機に見舞われてきたからだ。

 前回の02〜03年の危機では、巨額の対外債務から市場に不安が広がった。これ以降、政府はドル建て債務を削減し、巨額の外貨準備を積み上げてインフレ期待を抑制、目覚ましい発展を実現した。政府の政策はインフレ抑制と社会プログラムへの支出拡大など、安定確保に焦点が絞られてきた。

 その結果、80年代と90年代は年2%だった経済成長率は、03〜07年には年4%近くまで拡大した(それでも平均7%という他の途上国の成長率と比べれば控えめだ)。

 持続可能な成長を実現するには何より安定が重要だが、ブラジル経済の場合、商品市場の好調がなければその目標達成は難しかっただろう。なにしろ鉄鉱石や大豆といった一次商品は、ブラジルの輸出高の55%を占める。

 もともとブラジルの輸出高はGDP(国内総生産)比15%程度と、格別大きな割合を占めるわけではない。だが過去20〜30年間のデータを見ると、ブラジル経済の成長率が年2%前後を大きく外れる場合は、商品市場の動向が影響していることが多いことが分かる。

 実際、ここ数カ月商品価格は急落しているが、過去20年の平均価格と比べると大幅に上回っており、これが世界的な経済危機の影響をある程度緩和している。

 またブラジルはロシアや中東諸国のような他の商品輸出国ほど高い成長率を実現してこなかった。このため、世界的な貸し渋りの影響も少なくて済んだ。

 政府には今年返済を繰り延べしなければならない巨額の債務はない。企業も過剰な借金に頼った設備投資は控えてきたから、財政状況の大きな悪化は見られない。

思い切った経済構造改革を

 つまりブラジル経済は好況と不況の波が大きい経済から、こうした安定性の高い経済に転換したと言っていい。

 これまで長い間新興市場の落ちこぼれと見られてきたブラジルだが、これからは(とりわけ他の商品輸出大国と比べて)バブルが起きてははじけるといった悪循環を避けることができるだろう。

 だが安定を実現するという控えめな野心のままでは、ブラジルはいつまでも中程度の国から脱却できない。ブラジルの政治家は安定の達成で満足するのではなく、ブラジルをより速い成長軌道にのせることを考える必要がある。

 過去20年間、ブラジル企業は法外な税率に苦しめられてきた。このため国内全体の生産性向上率は年平均1.5%とおそろしく低かった。政府はGDP比37%という巨額の財政支出をまかなうため、途上国としては極端に高い税率を維持せざるをえなかったのだ。

 また安定を確保するための措置が次々取られる一方で、減税や複雑な労働法の改正といった経済構造改革はほぼ放置されてきた。起業家精神を解き放ち、経済の長期的な成長を促すには、こうした改革が不可欠だ。

 ブラジルは安定確保という勝利の栄光に浸るのをやめて、成長という飛行機をより高く飛ばす努力しなければならない。さもなければブラジル経済は今後も、商品価格に支えられてまあまあの成長をとげる経済であり続けるだろう。

 そして商品価格がもっと下がれば、ブラジルが誇る安定さえも脅かされかねない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パキスタンとアフガン、即時停戦に合意

ワールド

台湾国民党、新主席に鄭麗文氏 防衛費増額に反対

ビジネス

テスラ・ネットフリックス決算やCPIに注目=今週の

ワールド

米財務長官、中国副首相とマレーシアで会談へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心呼ばない訳
  • 4
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 5
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 6
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中