最新記事

グルメ食材が「絶滅」する日

マグロが消える日

絶滅危惧種指定で食べられなくなる?
海の資源激減を招いた「犯人」は

2010.03.11

ニューストピックス

グルメ食材が「絶滅」する日

スターシェフの登場や輸送網の発達で美食ブームは高まる一方。しかしその陰でマグロや高級和牛、フランスワインなど高級食材が思わぬ危機に

2010年3月11日(木)12時08分
佐伯直美(東京) ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン) ジェニファー・バレット(ニューヨーク) ティム・カルパン(台北) マイケル・マッキー(上海)

果てしない需要 日本は世界のマグロ漁獲高の3割以上を消費している(東京・築地市場) Yuriko Nakao-Reuters

 ロンドンのシェフ、アンディー・ニーダムのレストラン「ザッフェラーノ」では、収穫期の10〜11月になると、白トリュフを散らしたフォアグラのリゾットに客が舌つづみを打つ。100グラムで250ポンド(約5万円)近くする白トリュフも、ニーダムの店では「今シーズンのものはいつ届くのかと、客がわざわざ尋ねてくる」ほどの人気ぶりだ。

 パスタや牛ヒレ肉の上に散らしたり、ホタテの貝柱に挟んだり。芳醇な香りと味で、トリュフは世界のグルメを魅了してきた。19世紀のイタリアの音楽家で、美食家でもあったロッシーニは、トリュフを「キノコのモーツァルト」と呼んだ。「味覚だけでなく、すべての感覚に訴える。あんな食材はほかにない」と、ニーダムは言う。

 だが、トリュフはじきに世界中のレストランから姿を消してしまうかもしれない。古くからの主要産地フランスでは、20世紀初めには800トン近かった収穫量が04年はわずか15トンに減少した。

 トリュフが育たなくなったわけではない。育てる人間がいなくなってしまったのだ。フランスでは今、伝統食材を担う小規模農家が消滅しつつある。「小さな農家をやりたがる人はいない」と、フードライターのマシュー・フォートは言う。「働く時間は長いし、儲けは少ない。バハマでの休暇もありえない」

地球温暖化が伝統的産地を脅かす

 トリュフだけではない。世界では今、フォアグラやキャビア、マグロやフカヒレなど、ありとあらゆるグルメ食材がさまざまな理由で重大な危機に瀕している。地中海では「マグロの王様」であるクロマグロの乱獲が進み、資源が激減。キャビアを産み出すチョウザメも、水質汚染や乱獲によってワシントン条約の対象種になるほど減少している。

 中国では、偽物の上海ガニが氾濫。アメリカや台湾では質の劣る外国産「コーべビーフ」が出回り、日本が誇る神戸牛のブランド価値が失墜しつつある。フランスのワイン産業は斜陽化に怯え、フカヒレやフォアグラは動物愛護団体から集中砲火を浴びている。

 かつてこうした食材は、限られた地域の人々や一部の美食家しか味わえなかった。だが輸送網や保存技術の発達、貿易障壁の撤廃などで、今では世界のどこでも入手できるようになった。

 その結果、収穫量やブランドを厳しく管理することがむずかしくなった。このままでは、フォアグラのポアレやマグロのトロのあぶり焼きは高級店のメニューから姿を消してしまうかもしれない。食事を楽しみに中国を訪れても、上海ガニやフカヒレ料理は味わえなくなってしまうかもしれない。

 トリュフの場合、地球温暖化も大きな脅威だ。03年の夏、フランスでは異常な暑さが続き、5〜6月に降雨が必要なトリュフの収穫量はさらに激減した。「あの年は本当にひどかった」と、今ではイギリスで一人しかいなくなったトリュフ狩りのプロ、ナイジェル・ハデンペートンは言う。「長期的にみると、トリュフ産業全体が滅びかねない」

日本マネーで潤う欧州マグロ産業

 スペインやイタリアなど地中海沿岸諸国では、クロマグロの畜養が盛んに行われている。天然魚をいけすで太らせてから出荷する畜養マグロは、大半が日本に輸出される。脂分の豊富な餌を与えてトロの分量を増やせるので、儲けも大きい。畜養用天然魚の漁獲量は、02年の1万5000トンから04年には2万2500トンに増えた。

 しかしこの盛況ぶりが乱獲を招いている。国際自然保護連合は、大西洋のクロマグロをジャイアントパンダと同じ絶滅危惧種に指定している。このままでは「地中海のクロマグロは数年で悲劇的な状況に陥りかねない」と、世界自然保護基金(WWF)のパオロ・グリエルミは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資

ワールド

マスク氏、FRBへDOGEチーム派遣を検討=報道
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中