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2010.03.11

ニューストピックス

政治になった絶滅危惧種

絶滅の危機に瀕した動植物の保護はもう科学だけの仕事ではない? アメリカで激化する保護派と産業界の駆け引き

2010年3月11日(木)12時03分

地球温暖化の危機を認めたがらないアメリカ政府が、生息地の減少に脅かされるホッキョクグマを絶滅危惧種に指定した。これによって政府が温室効果ガスの削減を迫られる可能性もある。科学的データより政治力がものをいう環境保護の果てしない闘いが始まった。

「世界を救える動物」はどこにいるのだろう?

 環境問題が専門の弁護士キャシー・シーゲルと、生物多様性センター(カリフォルニア州)のブレンダン・カミングズは10年前、地球温暖化の危機を訴えるシンボルを探していた。

 最初の候補は条件にぴったりだった。アラスカの氷洞に生息していて、その氷は温暖化の影響で年々解けている。だが残念なことに、その候補はクモ。写真をつけたTシャツが売れるとは思えない。次の候補はコバシウミスズメ。シーゲルは01年、北極海に生息するこの海鳥を絶滅危惧種に指定するよう米内務省に働きかけたが、却下された。

 エルクホーンサンゴとミドリイシサンゴも候補になった。絶滅危惧種リストには入っている。しかし、サンゴが「生物」だといわれてもピンとこない人が多そうだから、シンボルとしてはいまひとつ。そこへいくと、ホッキョクグマはいい。荒々しい生命力も、肉食獣の王者のカリスマもある。しかも、氷がないと生きられないことが誰にでもわかる。ホッキョクグマは1年の大半を氷の上で過ごし、大きなアザラシも一撃で仕とめる。

 だが、氷の減少がホッキョクグマに深刻な悪影響を与えていることを研究者が証明できたのは、04年になってからだった。05年2月16日、シーゲルはホッキョクグマを「絶滅の危機にある種」に認定するよう申請した。アメリカが批准を拒否した京都議定書が発効した日だった。

 彼女の努力は一定の成功を収めた。ダーク・ケンプソーン内務長官は08年5月、ホッキョクグマを「絶滅のおそれがある種」に認定した。「絶滅の危機にある種」より一段低いランクだが、国際社会で孤立しても温暖化の脅威を認めない米政府としては大きな譲歩だ。

 米絶滅危惧種法(ESA)が定める絶滅危惧種リストには、カタツムリや食虫植物が名を連ね、ダーウィンの時代から変わっていないようにみえた。そこへホッキョクグマが加わって、ESAのリストはようやく21世紀らしく更新されることになった。

 さあ、ホッキョクグマのTシャツを売りまくれ! ......いや、事はそう簡単ではなさそうだ。

 ESAの絶滅危惧種リストには、08年6月時点で1985種が入っている。認定された動植物について、政府は「生息地」を指定・保護し、絶滅を回避する「再生計画」を立てることが義務づけられる。多くの絶滅危惧種は日ごろ人間の関心を集めることもなく、ひっそりと生きている。しかしESAのリストに名前があるというだけで、ある日突然、人間たちのいさかいの渦中にほうり込まれる。

大きな争点になるホッキョクグマの認定

 ニシアメリカフクロウをめぐっては、環境保護派と林業関係者の対立が起きた。テネシー川にすむ小魚スネールダーターは、巨大なダムの建設を数カ月遅らせた(議会は特別法案を可決してダムを完成させた)。タイリクオオカミをめぐっても、法廷闘争が始まっている。タイリクオオカミは08年3月に絶滅危惧種リストからはずされ、その直後にワイオミング州で少なくとも16頭が射殺された。

 生物の多様性を守るというESAの高邁な目標には、ほぼすべてのアメリカ人が共感している。ESAが保護しようとする動植物はさまざまだ。フロリダパンサーのように美しい動物がいて、ニチニチソウのように薬草として人間の役に立つ植物もある。その一方には、ホッキョクグマのように人を食い殺せる動物もいる。

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