最新記事

アルゼンチンの「秘密」を暴く

アカデミー賞の見どころ

大ヒット『アバター』作品賞に輝くか
今年のオスカーはここに注目

2010.02.16

ニューストピックス

アルゼンチンの「秘密」を暴く

『瞳の奥の秘密』でカンパネラ監督が描いた独裁前夜の祖国の姿と衝撃の結末
(外国語映画賞を授賞)

2010年2月16日(火)12時00分
ブリアン・バーンズ(ジャーナリスト)

 アルゼンチン人映画監督フアン・ホセ・カンパネラ(50)の01年の作品『花嫁の息子』で、リカルド・ダリン演じる短気な料理店主は友人にこう言い放つ。「俺はアルゼンチン映画は見ない!」

 この言葉は、やはり自国の映画を見ない多くのアルゼンチン人の笑いを誘う。自国の文化に対する生まれついての不信感は、この国では常に論議の的。辛辣なせりふの効果は監督の計算どおりだ。

 「アルゼンチンでは、ハリウッド映画は有罪だと立証されるまでは無罪だと認識される。アルゼンチン映画は逆だ」とカンパネラは言う。「その壁を壊すために私は全力を傾けている」

 彼は既に、その試みに国内で最も成功した映画監督だ。鋭くて時に喜劇的な視点と、役者の輝かしい演技を引き出す能力はあらゆる国民から愛されている。

 彼の6本の長編映画のうち『花嫁の息子』は02年の米アカデミー賞外国語映画賞にノミネート。最新作『瞳の奥の秘密』はスペイン語映画で久々の話題作となった。アルゼンチンでは既に人口の6%に当たる240万人以上が観賞し、スペインでも750万謖の興行収入を挙げた。独裁政権発足1年前の1975年のアルゼンチンを舞台にしたスリラーというマイナーなジャンルとしては、驚くべき成功だ。

「彼の作品は一種の道徳的・倫理的な混乱と、ノスタルジーや感傷とを織り交ぜている」と、アルゼンチンの映画評論家ディエゴ・レレルは言う。「作品は常によく練られていて、退屈することがない」

 本作はエドゥアルド・サチェリの小説を題材にカンパネラとダリンが手を組んだ作品。ダリンは直近4作品で、カンパネラの分身としてブエノスアイレスの中流労働者を演じてきた。最新作で演じるのは、刑事裁判所の仕事を引退したばかりの男。20年前に起こった殺人事件に関する本の執筆を始めるが、かつての上司に抱いていたひそかな愛が次第に頭をもたげる。

アメリカのテレビドラマでも活躍

 作品の舞台は、国家による暴力が影を落とし始めたアルゼンチン史の中でも微妙な時代。3万人が犠牲になったとも言われる軍事政権による弾圧「汚い戦争」の被告の裁判も、実際に始まったばかりだ。「最近の出来事を知的な方法で見せるところに、作品の秀逸さがある」と、ダリンは言う。

 主要な登場人物の衝撃的な秘密を暴く結末は、作品の魅力を高める。さらにウイットともろさを併せ持つ稀有な俳優ダリン演じる主人公は、異性も同性も魅了する。

 「ダリンはトム・ハンクスの要素を持っているが、ヘンリー・フォンダの要素も兼ね備えている」と、カンパネラは言う。「ストイックだが、同時に繊細な男にもなれる」

 カンパネラが特に際立っている点は、国内で最も商業的に成功したアルゼンチン人監督であるだけでなく、アメリカのテレビドラマでも実績を残していることだ。『ロー&オーダー:性犯罪特捜班』や『ハウス』でも監督を務めた。

 『瞳の奥の秘密』はトロントなど主要な映画祭で絶賛され、おかげでソニー・ピクチャーズ・クラシックスとアメリカでの配給契約を結んだ。フランス、イタリア、イギリス、ブラジル、イスラエルでも配給契約が結ばれている。

 今年のオスカー外国語映画賞でもアルゼンチン代表作品となることが決まっている。カンパネラが期待するのは、ノミネートに終わった02年を上回る結果。手ぶらで帰るつもりはない。

 「私の映画が成功したのは、おそらく人々が叙事詩的な作品に自身の人生を反映させたからだ」と、彼は言う。アルゼンチン人自身の物語に、アルゼンチン人がやっと目を向け始めたということだ。

[2010年1月20日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が

ワールド

ウォルツ米大統領補佐官が辞任へ=関係筋

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、2カ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中