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死後の世界を見詰める『ラブリーボーン』の愛と狂気

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2010.02.17

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死後の世界を見詰める『ラブリーボーン』の愛と狂気

ピーター・ジャクソン監督の話題作は斬新な手法が光るが天国の描写はいただけない
(スタンリー・トゥッチが助演男優賞にノミネート)

2010年2月17日(水)15時20分
デービッド・アンセン(映画ジャーナリスト)

 アリス・シーボルドの人気小説『ラブリーボーン』を映画化するなら、ピーター・ジャクソン監督はまさにうってつけと思うだろう。

『乙女の祈り』では殺人を犯した実在の女子高生を描き、ファンタジー3部作『ロード・オブ・ザ・リング』では壮大な幻想世界を作り出した。ジャクソンなら、シーボルドの物語の舞台である「あの世」と地上の両方を包含した世界のビジョンを持っているはずだ。

 ここで言う地上の世界とは、73年のアメリカ郊外の町。主人公の少女スージー(シアーシャ・ローナン)が冒頭で殺される場所だ。一方、あの世はスージーが物語の語り手としてとどまる地。スージーには家族や友達、自分を殺した犯人が見えるが、彼らにはスージーの姿は見えない。

 スージーに扮するローナン(『つぐない』)は、まさにはまり役。温厚そうな隣人ハービー(スタンリー・トゥッチがいつもとは別人のような演技を見せる)に殺されてしまう運命の、生気と希望にあふれた女子高生を見事に演じている。淡いブルーの瞳とくるくる変わる表情で観客を大いに魅了するだけに、スージーの死がもたらす喪失感は一層胸に迫る。

 それでも、死後の世界のスージー自身にストーリーを語らせるという大胆な試みのおかげで、喪失感は和らぐ。原作が成功したカギもそこにある。このひねりによって、殺人と嘆きに満ちた暗い物語が一転して慰めと許し、そして(アメリカ人が大好きな)精神的に立ち直る人間の物語になった。

原作に忠実な姿勢が裏目に

 ただしスリラーや犯罪捜査、ファミリードラマ、ファンタジーなど、さまざまな要素がごちゃ混ぜになったままで、うまくかみ合っていない。原作では、シーボルドの文章がばらばらの要素をつなぎ合わせていた。だが映画では、スージーの無鉄砲な祖母(スーザン・サランドン)が悲しみに暮れる家族を救いに登場する場面など、ドタバタ喜劇の一歩手前だ。

 天国をどう解釈するか。それは映画制作者にとって永遠の課題で、ジャクソンも答えを出せていない。
 人は誰でも自分の幻想や願いを投影した天国を作り出すというのがシーボルドの解釈。ジャクソンが作り出したのは、70年代のティーンエージャー文化の中で育った14歳の少女の天国----絵はがきのように美しい風景に中世ルネサンス風の服で登場するようなキッチュな世界だ。意図的だろうとなかろうと、悪趣味でいただけない。

 スージーが他の殺された少女たちと、奔放にはしゃぎ回っているように描いているところはもっとひどい。願いは何でもかなうという設定がばからしく思えてくる。

 現世のシーンのほうがはるかにいい。サスペンス作品としては、心臓が止まりそうなほどのスリルを味わえる。スージーの妹が犯行の証拠を捜してハービーの不気味な家に忍び込む場面では、ジャクソンは名人芸ともいえるほど巧みに緊張感を高めていく。

 スージーの家族の悲しみも切実に伝わってくる。父親(マーク・ウォールバーグ)は犯人捜しにのめり込み、母親(レイチェル・ワイズ)はそんな夫に愛想を尽かす。

 原作が広く愛されているだけに、あまり手を加えられないのは分かる。しかし、シーボルドのほとばしる空想の世界を尊重するあまり、ジャクソンは原作の弱点を強調する羽目になった。観客の心をつかめなければ、『ラブリーボーン』に込められた重要な意味も、ばかげた幻想になってしまう。  


[2010年1月27日号掲載]

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