最新記事

渥美清(1928-1996)

インタビュー ザ・日本人

昭和天皇、渥美清、宮崎駿から
柳井正、小沢一郎、二宮和也まで

2010.01.21

ニューストピックス

渥美清(1928-1996)

「寅さんのような自由をどこかで人は欲しているんですよ」

2010年1月21日(木)12時10分

[1988年1月21日号の掲載記事を2006年2月1日号にて再録]

 世界的に有名な日本の映画監督といえば、黒澤明に小津安二郎。だが実は、山田洋次監督の寅さん映画も海外に着実にファンを増やしている----本誌がそんな特集を組んだのは、『男はつらいよ』シリーズ39作目が公開されていた88年1月だった(この年、ウィーンにはファンクラブが誕生し、41作目では欧州ロケが実現)。主演の渥美清が松竹・大船撮影所で、本誌デーナ・ルイスに寅次郎の普遍的な魅力を語った。

 外国の人がこの映画をどう受け止めているかっていうのは、僕らにはよくわからないですね、正直言って。飛行機の中で上映されて、見る人がけっこう楽しんでいるという話は聞きますけれど。

 ただ僕が漠然と思うのはね、日本にかぎらず外国でも最近、家族制度がいろんな意味で非常に重要視されるようになりましたよね。おじいさんとおばあさんを囲んで、お父さん、お母さんがいて、お兄ちゃん、妹がいる。そういう家族の時代をもう一度見直そうという風潮が世間にあるのでしょう。

 ですから余計にね、そういった家族制度の拘束みたいなものから抜け出して、家庭も顧みず、門限も連絡もいっさい必要ない、一度飛び出したらあとはもう自分だけという、寅さんのような自由をどこかで人は欲しているんですよ。

 そして放浪に疲れて寂しくなって帰ってきたら、また自分を受け入れてくれる家庭があるのがいちばんいいと。これは本当にわがままな理想ですよね。でも、色の白い人も黄色い人も、そこらへんのところは変わらないと思うんです。

 このあいだ東京国際映画祭で『シルビーの帰郷』という映画を見たんですが、これが言ってみれば「おんな寅さん」なんですね。

 家を出て放浪していたシルビーという名前の変てこりんな叔母さんが、久しぶりにひょっこり家へ帰ってくる。と、そこに幼い姪っ子の姉妹が2人いる。帰ってきた叔母さんを見ているこの2人の姉妹の視点から描いた映画なんです。

 観客は少なかったけれども、僕は非常に面白くて、「なるほど、こういうふうに家庭なんてものから離れて生きたい、家庭の煩雑さみたいなものが嫌になったときには、ある日かばんを持ってふらっと消えていきたいっていうのは誰にでもあるんだなあ、どこの国でも」という感じがしましたね。

 寅さんは雪駄を履いているでしょう。つま先の指でスッとこの雪駄を引っかけて、サッと街道を歩いて、ものごとを簡便にすませてしまうという、そこに寅の身上があると僕は思うんですよね。

 実は俳優をやる前にね、僕は船乗りになりたかったんですよ。それが戦争中に軍需工場へ行って、飛行機や何かをつくらされたために、船乗りになる機会がなかった。現在方々を旅して回っているのは、いま大人になってから夢を満たしているってことでしょうかねえ。

 海外からのファンレターはよくもらいますね。「楽しい男だと思った、なんとなくほっとした。ブラジルへ来い。おまえがブラジルへ来たら、俺は歓待するであろう」とかね。

 外国の映画の人と共演しないかという話も来ますけど、日本っていうのは、外国のものっていうとそれでもってごまかせる部分があるでしょう。ですから、その手の話にはいっさい乗らないみたいなところが僕にはありますね。 

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が

ワールド

ウォルツ米大統領補佐官が辞任へ=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中