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2009.06.29

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奥山由美(ソプラノ歌手)

草原の民の心を歌う国民的プリマドンナ

2009年6月29日(月)15時27分
高木由美子(東京)、斉藤美代子(ウランバートル)

Courtesy of Yumi Okuyama

 オペラ『チンギスハーン』のヒロイン、ハダンはモンゴル人が愛してやまない人物。広大な草原にはぐくまれたモンゴル女性の強さとけなげさを体現したこの役を昨年、建国800年の舞台で演じたのが、日本人ソプラノ歌手の奥山由美(44)だ。首都ウランバートルの国立オペラ劇場でソリストとして活躍する奥山は、この国の音楽ファンなら誰もが知る歌姫だろう。

 ヨーロッパとアジアにはさまれたモンゴルは、週に一度は公演が行われるほどオペラやバレエが盛んな国。奥山は99年に国民的オペラ『悲しみの三つの丘』のヒロイン、ナンサルマー役に抜擢され、外国人初のプリマドンナとなった。目の覚めるような青の民族衣装に赤いベスト、重い革靴と伝統の帽子を身に着けた奥山が、モンゴル人そのものの所作で主人公ユンディンと愛の二重唱を響かせる。

 66歳の元教師、ソンドイ・ツェレンハンドは「小さな白いきれいな娘さんで、モンゴル人の新人歌手かと思った」と話す。「日本人と聞いて驚いた。モンゴルのオペラをこんなにうまく歌うなんて」  メディアはこぞって奥山を称賛した。新聞には「金のツバメ(春を告げる幸運の使者)」「日本のナンサルマー」の文字が並んだ。

モンゴル人の所作も習得

 奥山はパリに留学後、アジアの音楽を志して北京の音楽院に拠点を移した。97年の夏、避暑に出かけたモンゴルで、壮麗な西洋建築のオペラ劇場をたまたま目にする。日本にもない立派なオペラハウスがなぜ草原の国に? 「自分の行くべき場所はここだと直感した」と、奥山は言う。数カ月後にはモンゴルに渡り、劇場に通ってモンゴル語とオペラを学びはじめた。

 苦労したのは、慣れない発音だけではない。革靴で大地を踏み締めるように歩く動作もむずかしく、「靴を引きずるな!」と舞台監督から毎日のように怒られた。

 共演男性に突かれるシーンでは、体つきのいいモンゴル女性のように踏ん張れず、転がって落下しかけたことも。バリトン歌手のマギルジャブ・ボルド(43)は奥山を助け起こしながら「もっとしっかり、そんなにふわふわしないで、と教えた」と振り返る。

 今では劇場から徒歩10分のアパートに居を構え、1年の半分をモンゴルで過ごす。奥山が師事した元プリマドンナのホルロー・オルトナスン(63)は、「モンゴル人になりきり、心底から理解して演じている」と奥山を評価する。

 モンゴルでは本番一発勝負や自由な歌唱法を好む歌手が多いが、奥山は緻密に楽譜を読み込み練習を重ねる。「勤勉な彼女から学ぶことは多い」と、ピアニストのバットトゥムル・ソロンゴは話す。

 芸術の盛んなモンゴルでも、音楽家の教育体制は未熟だ。奥山は音楽学校に楽譜を寄贈したり、生徒を指導するなど若手育成にも取り組む。一方で、アジアの音楽を極めたいとロシアのブリャート共和国や中国の新疆ウイグルなどにも活動の場を広げている。「モンゴルに新しい風を吹き込むのが私の役目だと思う」と、奥山は話す。

 オペラ『チンギスハーン』で、貧しい部族の娘ハダンは、敵に追われる若きテムジンを羊の毛の山に隠す。命をかけて初恋の男を助けた少女は、遠い星に向けて恋心を歌い上げる。切なくも温かな歌声は劇場の隅々まで響き渡る。

 強く大胆に挑戦を重ね、繊細な気配りを忘れない歌姫。いつのまにか、奥山こそがモンゴルの愛してやまない人物になりつつある。

[2007年10月17日号掲載]

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