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イランと核と千一夜作戦

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2009.06.26

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イランと核と千一夜作戦

強硬姿勢を続けてきたイランが交渉に前向きに——方針転換は問題解決の兆しか、得意の引き延ばし戦略か

2009年6月26日(金)12時35分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

 千一夜物語に出てくるペルシャの王妃シェヘラザードは、自分を殺そうとする王に毎夜、「明日はもっと面白い話を聞かせる」と言って命を永らえ、ついには王を根負けさせる。

 7月1日、訪米中のイランのマヌーチェフル・モッタキ外相はメディアとの昼食会の席上、核開発の停止を求める国際社会との対話に前向きな姿勢を示した。果たしてイラン政府は伝説の王妃の戦略にならい、交渉を長引かせて国際社会にウラン濃縮を認めさせるつもりなのだろうか。

 国連安全保障理事会の常任理事国とドイツは6月14日、ウラン濃縮の停止を条件とする新たな見返り案をイランに提示した。昼食会でモッタキがより「建設的」な「新しいプロセス」に言及したことは、イランが提案を受け、交渉に乗り気になったことを示唆している。

 モッタキの発言と同じ日、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師の外交政策顧問アリ・アクバル・ベラヤチは国内紙に対し、「提案を拒絶せよという者たちは国益を無視している」と語った。この発言は、マフムード・アハマディネジャド大統領などの強硬派を批判したものと受け止められた。

 最も注目すべきなのは、ウラン濃縮は「不可侵の権利」だというおなじみの主張をモッタキが繰り返さなかったことだ。

意外な妥協の隠れた意図

 交渉の窓口であるEU(欧州連合)のハビエル・ソラナ共通外交・安全保障上級代表に近い筋によれば、新しい見返り案の目的は「現状維持」によって、行き詰まりを打開することだ。欧米の制裁は継続されるが、安保理は新たな制裁決議を採択しない。一方、イランは現行のウラン濃縮能力を維持するものの、拡大はしない。

 強硬姿勢を続けていたイランが態度を変えたのは、国際社会の制裁で痛手を受けているからなのか。あるいは、アメリカやイスラエルの武力攻撃の脅威を前に、反アハマディネジャド派が声を上げはじめたという見方もできる。

 だがいずれも、納得できる理由ではない。原油価格が1バレル=150ドルに迫る今、世界第4位の産油国イランは困窮とは無縁。経済制裁の打撃はわずかだ。自分たちの出方次第で原油高がさらに進むことも承知しており、いわば世界経済は「人質」に取られている。

 おまけにプライドの高い現政権が、武力攻撃を前に弱腰になるとは思えない。「このタイミングで、イランが折れて出るのはおかしい」と、カーネギー国際平和財団のカリーム・サドジャドプールは言う。「少しばかり妥協して、欧米を黙らせるつもりだろう」

 核開発疑惑を追及する国際社会に対し、イランは「相手の分裂を誘う」作戦で臨んできた。6年前に始まったEU主導の交渉は、あいまいな約束をしてはそれを破るイランに振り回されっぱなし。国際原子力機関(IAEA)の理事会の内部対立もあおられてきた。

 だが悲観的な材料ばかりではない。核兵器開発に走る統制国家というイメージのイランだが、歴史を振り返れば、ほとんどの場合は慎重で理性的な行動を取ってきた。

 イランの複数の外交関係者によれば、イスラエルを含め、すべての関係国が納得できる妥協点を見つける余地は今もある。「イランは抑止力として核技術が欲しいだけだ」と、穏健派外交官のモハマド・ホセイン・アデリは、駐英大使時代に本誌に語った。

オバマ政権を見据える

 モッタキが昼食会で愛想よく振る舞ったのは、イランの穏健派が見返り案の「従来とは異なる」トーンに意を強くしている証拠だろう。その一方で、イランはアメリカやイスラエルの国内事情も熟知している。イスラエルの軍事攻撃の可能性について聞かれたモッタキは、同国の連立政権の基盤の弱さを指摘した。

 もちろん、米大統領選の民主党候補バラク・オバマ上院議員が、イランのウラン濃縮停止を交渉の前提とはしないと発言したことも承知だ。米政権の交代を待つ気かと問うと、モッタキは明確な回答こそ避けたものの、自分が支持を明言したりすれば、オバマ政権誕生の障害になるとの認識を示した。

 イランとしても、大胆すぎる挑発はしたくない。イラン中央銀行は、ユーロ取引ができなくなる事態を懸念。イランの複数の銀行はアジアの金融機関にひそかに資産を移しはじめている。

 シェヘラザードの国、イランは相変わらず言い逃れが巧みだ。だが相手の言うことを「聞く耳」ももっているようだ。

[2008年7月16日号掲載]

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