コラム

女子テニス「彭帥事件」、中国女性は有名人でも「愛人」の檻から逃げられない

2021年12月14日(火)14時29分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
彭帥事件

©2021 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国の元副首相に性的関係を迫られたと告白したテニス選手に対し、中国社会は冷淡な反応。背景には今も続く男性優位社会の「常識」が>

11月初めに中国湖南省出身の女子プロテニス選手・彭帥(ポン・シュアイ)が、元副首相・共産党政治局常務委員の張高麗(チャン・カオリー)から性的関係を強要されたとネットで告白して1カ月。告白文そのものは20分後に削除され、さらに彭自身も口を封じられて公的な場所に姿を見せず、本人との連絡も取れなくなったが、このニュースは世界を騒がせ続けている。ただ1つの国を除いて。

「#WhereIsPengShuai(彭帥はどこ?)」──大坂なおみ選手を含む世界中のテニス選手がツイッターのハッシュタグで呼び掛け、次々と中国政府やIOC(国際オリンピック委員会)に公正な調査を求める声を上げた。WTA(女子テニス協会)は12月初めにはついに、中国で開催予定のトーナメントを直ちに全て中止すると発表した。

この世界的トレンドに沈黙しているのが当の中国だ。普通の中国人は彭が「愛人の身分に不満があってネットで恨みを吐き出した」と考え、「#米兎(MeToo)」の問題だと思っていない。
もちろん報道やネットの規制もあるが、そもそも彭と張の間に起きたことは中国人にとって珍しいことではない。

女性が強いとはいえ中国は今も本質的に男性優位社会で、男が権力とカネを入手すれば「女遊び」は当たり前。その原動力は性欲というよりむしろ征服欲・出世欲と言ったほうがよく、「人人有個皇帝夢(誰もが皇帝になる夢を見る)」「後宮佳麗三千人(皇帝専用のハーレムには美女が3000人)」というように、地位が高いほど女性も多くなる。

さらに権力が全ての中国社会では、「中国女子テニス界の猛女」と呼ばれる世界的な彭選手でも、権力者の手から逃げられない。逆に高官が権力を失って「落馬」すると、いくら横領したか、愛人が何人いたのか暴露される。

これも#MeToo運動が中国で厳しく検閲され、告発者や支援者たちが弾圧される理由だ。問題が権力を握る上層部に波及すれば、彼らの統治や地位が不安定になる。それを避けるため、彭の口を封じるのは彼らにすれば簡単なこと。北京冬季五輪に火が燃え移るのを避けるため珍しく慎重になり、思いがけず鎮火が遅れているが......。

ポイント

#米兎
性暴力への抗議運動「#MeToo」に漢字を当てた中国語。大学教員の学生に対するセクハラなどが発覚したが、中国当局は社会運動への拡大を恐れ個別事件の報道を抑え込んでいる。

後宮佳麗三千人
唐の詩人・白居易作の長編漢詩「長恨歌」に由来。「後宮(皇帝専用のハーレム)」の「佳麗(美女)」は全て皇帝の妻で、その数が極めて多いことを意味する。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

新発5年債1.375%、長期金利1.87%に上昇 

ワールド

投票システムで反政府派特定も、ミャンマー総選挙に国

ワールド

NZ中銀新総裁が就任、経済立て直しと信頼回復が急務

ビジネス

エアバス機、1日にほぼ通常運航へ 不具合ソフトの更
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業界を様変わりさせたのは生成AIブームの大波
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批判殺到...「悪意あるパクリ」か「言いがかり」か
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    「世界で最も平等な国」ノルウェーを支える「富裕税…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story