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不確実性に包まれた今の時代こそ、村上春樹がノーベル文学賞にふさわしい
村上春樹は2016年10月にアンデルセン文学賞を受賞(デンマーク・オーデンセで) OLE JENSEN-CORBIS/GETTY IMAGES
<国境を超えてあらゆる現代人に関わる問題を描く村上春樹は、いつ栄誉に輝いても不思議でない>
西洋人が「日本文学愛好家」をもって任じる場合、たいてい1人の偉大な日本人文学者のことしか知らない。その人物とは、村上春樹である。
今年のノーベル文学賞でも、村上は有力候補の1人と言われていたが、またしても受賞を逃した。10月10日に発表された受賞者は、ポーランド人作家のオルガ・トカルチュクとオーストリア人作家のペーター・ハントケだった。
昨年のノーベル文学賞は、選考を担うスウェーデン・アカデミー関係者をめぐる性的スキャンダルなどを受けて発表が見送られて、代わりに今回、2年分の受賞者が発表された。昨年分の受賞者であるトカルチュクの受賞を問題視する声はほとんど聞かれない。
一方、ハントケの受賞は、激しい怒りと抗議を招いている。1990年代の旧ユーゴスラビア内戦時に「民族浄化」を主導したセルビアの独裁者、スロボダン・ミロシェビッチと極めて親密な関係にあったためだ。事実、2006年のミロシェビッチの葬儀では、弔辞を読んでいる。
ハントケへのノーベル文学賞の授与決定について、アルバニアの首相は「吐き気がする」と言い、ボスニアの大統領府関係者は「恥ずべきこと」と述べた。
ミロシェビッチを支持したハントケを「今年最大の愚か者」と呼んだことがあるイギリスの作家サルマン・ラシュディも、今回の授賞決定を批判している。それにそもそも、ハントケはノーベル文学賞を「ペテン」呼ばわりし、その価値と存在意義を否定していた。
私たちを代弁する存在
皮肉な話だが、村上が受賞できなかった理由も抗議への懸念だった可能性がある。今は女性への性的暴力を告発する #MeToo(私も)の時代、しかもノーベル文学賞選考委員会関係者の性的スキャンダルの後とあっては、村上の受賞も反発を買う恐れがあった。
村上への批評に共通するネガティブな評価として、男性の主人公に比べて女性キャラクターの描写に深みがないというものがある。村上作品の女性は男性主人公の自己認識を深める「乗り物」、あるいは単なる欲望の対象として描かれ、性的ステレオタイプの束縛から逃れられていない、というのである。
鋭いリアリズムと現実にはありえない世界の間を自在に泳ぎ回る村上の手腕は特筆に値する。この危険な綱渡りをここまで巧みにこなせる現役の作家はほかにいない。村上は日本人作家という制約とは無縁の真に普遍的な知性の持ち主だ。
女性を犠牲にして男性キャラクターを肉付けする手法を考えれば、今年はタイミングが悪過ぎた。だが、世界中がナショナリズムとアンニュイな憂鬱に覆われている今、村上は時代の気分を体現しているという点で、ノーベル文学賞を受賞していない作家の中で紛れもなく最高の存在だ。
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