コラム

北欧の廃墟でフィクションのポートレートを撮る意味

2017年05月17日(水)15時52分

それこそバイの作品の最大の魅力だ。だが、彼女がときおり不必要に思えるポスト・プロダクション的なテクニックを使用しているという理由で、私はその最大の魅力に今まで入り込めなかったのである。

バイのフィクション・ポートレート・シリーズは、彼女自身に絡みつく物語から生まれた。まず、北欧の不可思議な自然に接するようになったのは、バイが免疫機能が破壊されていく大病を患ったことが大きな原因だった。そのため人との関わりが極度に制限され、代わりに大自然の中をある種のセラピーとして1人で探索するようになったのである。

そこで見捨てられた家々に出くわし、その中で昔のままの状態で置かれていた家具、本、写真などを見つけ、そこに存在していたであろうさまざまな物語を考えるようになっていった。

【参考記事】中東の街角から、建築と人間の抽象芸術を生み出す

その後、バイの免疫系の大病は治癒したが、彼女の100歳になる祖母が認知症になった。祖母は自分が誰であるかはわからなくなったが、例えば鳥に餌をやったり、花や木に水をやったり、髪をカールさせることなど、日常の決まりごとのような行為ははっきりと覚えており、日々行っていた。

バイはそのことに驚嘆し、それが大きなきっかけとなって、以後、廃墟の中でそこに存在したかもしれない物語を考え、フィクション・ポートレートとして撮影するようになったのである。

フィクション・ポートレートという物語の奥底にあるコンセプトであり、最大のキーワードでもあるのは、現代社会がどこまでも追求しようとする"完全性"と、バイが見捨てられた廃墟の中で描く物語の特性、つまり"不完全性"だ。

本来、現実の人間社会にとっては、表裏一体の真実であるはずの対極性である。脱帽である。

今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Britt Marie Bye @bybrittm

【参考記事】世界が共感するヌード写真家レン・ハン、突然の死を悼む

プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

逮捕475人で大半が韓国籍、米で建設中の現代自工場

ワールド

FRB議長候補、ハセット・ウォーシュ・ウォーラーの

ワールド

アングル:雇用激減するメキシコ国境の町、トランプ関

ビジネス

米国株式市場=小幅安、景気先行き懸念が重し 利下げ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 5
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 6
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 7
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 8
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 9
    ハイカーグループに向かってクマ猛ダッシュ、砂塵舞…
  • 10
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にす…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story