コラム

鉄鋼のたたき売りに見る中国の危ない改革先延ばし体質

2016年01月22日(金)18時44分

 2015年12月の中央経済工作会議では、2016年の経済運営方針が話し合われました。キーワードは「サプライサイドの構造改革」です。これは聞きなれない言葉だと思いますが、爆買いに代表されるように中国の消費者の需要はますます高度化・高級化する一方で、供給側がそれに応えることができていないのが問題であり、改革の重点を供給側に置くべきだ、という意味合いのようです。規制緩和や減税などで起業とイノベーションを促進し、「インターネット+(プラス)」(ネット販売はインターネット+小売業、という具合に、既存産業とインターネットの融合により、新たなビジネス分野を開拓することを指します)や「中国製造2025」(製造業のアップグレード)を推進する一方で、企業の優勝劣敗や過剰生産能力の削減を進めるという政策です。起業やイノベーションは未来志向でやりやすいかもしれませんが、問題は、優勝「劣敗」や過剰生産能力削減など過去の清算の部分です。

政権維持のため改革より雇用が優先

 昨年12月9日に開催された国務院常務会議では、国家のエネルギー消費・環境保護・品質・安全基準を満たさないか、3年以上赤字が続く生産能力過剰業種の企業(いわゆるゾンビ企業)について、M&A・財産権譲渡・転業・閉鎖破産などの方法によって処分し、2017年末までに企業の赤字額の著しい減少を目指すとしました。それでは今後、企業の優勝劣敗や過剰生産能力の削減は大胆に進められるのでしょうか?答えは「否」です。既に政府当局者は「救済合併」を中心とし、雇用の悪化を引き起こす可能性のある閉鎖破産はできるだけ採用しない最後の手段である旨を明言しています。

 習近平政権は、経済政策運営上安定した雇用を最も重視し、そして人々の生活が前の年よりも良くなっていると実感できれば、同政権への支持が続くと認識しています。それを損なう可能性がある改革は、重要度が高くても緩やかにせざるを得ないのです。冒頭でみた中国による鉄鋼のたたき売りは、改革先延ばし体質がその背景にあり、まだしばらく続きそうです。

 しかし、赤字経営が続く生産能力過剰業種のゾンビ企業が生き永らえることは、不良債権を増やし、その処理コストを高めるだけです。それを良しとしないのであれば、企業の「劣敗」や過剰生産能力の削減を前提として、労働者が能動的に他業種にシフトできるだけの再教育・トレーニングを充実させることにこそ、政策の重点が置かれるべきでしょう。

プロフィール

齋藤尚登

大和総研主席研究員、経済調査部担当部長。
1968年生まれ。山一証券経済研究所を経て1998年大和総研入社。2003年から2010年まで北京駐在。専門は中国マクロ経済、株式市場制度。近著(いずれも共著)に『中国改革の深化と日本企業の事業展開』(日本貿易振興機構)、『中国資本市場の現状と課題』(資本市場研究会)、『習近平時代の中国人民元がわかる本』(近代セールス社)、『最新 中国金融・資本市場』(金融財政事情研究会)、『これ1冊でわかる世界経済入門』(日経BP社)など。
筆者の大和総研でのレポート・コラム

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