コラム

サッカーをフットボールと呼ばせたいトランプの執念

2025年12月10日(水)15時30分

どういうわけかFIFAは今回「平和賞」を新設しトランプに授与した Jonathan Ernst-REUTERS

<その背景にはアメフトチーム買収を阻み続けたNFLとの長年の確執が>

トランプ米大統領は、「世界中でフットボールと呼ばれているスポーツが、アメリカではサッカーと言われているのはおかしい」と主張しています。そうなっている理由は簡単で、アメリカには独自の「アメリカンフットボール」があるので、これと区別するためです。

これに対してトランプ氏は「アメリカンフットボールを別の名前に改名すべき」としています。「アメリカ・ファースト」を推進している大統領にしては、世界にアメリカを合わせるよう主張しているわけで、珍しく謙虚な姿勢のようにも見えます。

ですが、そこには複雑な事情があります。何よりも、トランプ大統領がアメリカンフットボールの最高峰であるプロリーグの「NFL」と、長年にわたる確執を続けている歴史があるからです。問題は今から44年前の1981年に遡ります。トランプ氏は、ニューヨークの住宅を対象とした不動産業からホテルとカジノのビジネスに進出して時の人となっていました。そのトランプ氏は、NFLのチームを買収してオーナーになろうとしたのです。

最初がボルチモア・コルツ、次いでニューイングランド・ペトリオッツに対して買収を仕掛けましたが、いずれも失敗。そこで、トランプ氏は独立リーグのチームを買った後に、その独立リーグを支配し、更にこれをNFLと合併させるという荒業に出ましたが、これも実現しませんでした。最後はトランプ氏が大統領選に出馬する直前の2014年にバッファロー・ビルズの所有権を手に入れようとしたのですが、これも失敗に終わっています。

どうしてNFLチームの買収ができなかったのかというと、当初はギャンブル事業を経営していたことがNFLの内部ルールに違反していたからでした。トランプ氏はこれを警戒して、別の企業名義で買収工作を進めたのですが、かえって心証を悪くしたようです。最後のブルズの時は、オーナーになるためには資産状態を正確に報告する必要があったのですが、その報告内容が不正確だとして認められなかったのでした。

NFLに対するトランプの執念深い不快感

そもそもNFLというのは、アメリカのプロスポーツ界でも最も経営姿勢が厳しいことで知られています。例えば、チケット、放映権、グッズなど全ての収入は一旦コミッショナー事務局に入ってから各チームに公平に分配されます。チームの実力を均等にするためにドラフト制度をはじめとして様々な制約があり、その結果、連覇が非常に難しいものとなっています。また、全国優勝を決めるスーパーボウルは先に開催地を決定するので、進出チームの本拠地「以外」の開催になるなど、公正・公平にリーグが運営されるような様々な規定が設けられています。オーナーの資産内容の審査もその一環で、NFLチームの経営権が安易なマネーゲームの対象にならないように厳格を極めています。

また、政治的中立や人種差別を厳格に禁止するといった姿勢も、全国的な人気に翳りを生じさせないための知恵と言えると思います。トランプ氏は、チームの経営権を入手できなかったという長い「確執」を通じて、NFLのこうした姿勢に対して執念深い不快感を抱いたようです。

一期目の大統領に就任した後は、人種差別への抗議のためにNFLの選手の一部が国歌や国旗に敬礼をしないという事件が起きました。こうした問題には慎重な態度を取るNFLに対して、大統領は厳罰で臨むようにと発言し、確執が取り沙汰されました。これもイデオロギーの問題というより、長年の対立の結果とも言えます。そんな中で、2024年に大統領職に復帰したトランプ氏は、2月に行われたスーパーボウルを観戦しましたが、NFLの政治的中立という規則を守って、中継したFOXは観戦する大統領の姿をライブでは放映しませんでした。

一方で、世界のプロサッカーを束ねるFIFAとトランプ氏の関係は良好のようです。FIFAは、どういうわけかFIFA平和賞という表彰制度を新しく設けて、その第1回の受賞者にトランプ大統領を指名しています。トランプ氏はこうしたFIFAの姿勢を歓迎しているようです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米イラン協議、6日にオマーンで実施=ISNA

ワールド

中国主席がトランプ氏と電話会談、数時間前にはプーチ

ワールド

米、重要鉱物価格の下限設定制度を構築へ=副大統領

ビジネス

米1月ADP民間雇用、2.2万人増 市場予想下回る
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流していた? 首相の辞任にも関与していた可能性も
  • 4
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 5
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 6
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 7
    電気代が下がらない本当の理由――「窓と給湯器」で家…
  • 8
    戦争の瀬戸際の米国とイラン、トランプがまだ引き金…
  • 9
    最長45日も潜伏か...世界が警戒する「ニパウイルス」…
  • 10
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 8
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story