コラム

トヨタと日本は「トランプ砲」に振り回されるな

2017年01月10日(火)18時15分

Mark Blinch-REUTERS

<トヨタのメキシコ新工場建設に反対するトランプの「脅迫」は、パフォーマンスに過ぎない。企業だけでなく日本政府や自治体までが振り回されるのは良くない>(写真:アメリカ市場でのトヨタの主力車種はプリウスだが)

 大統領就任前にもかかわらず、トランプ氏は自動車産業の「空洞化阻止パフォーマンス」に必死になっています。まずターゲットになったのはフォード社で、メキシコ工場建設計画を批判されると、年明け早々の今月3日に、この工場の建設計画をキャンセルすると発表しました。その代わりにミシガンで新工場を建設するというのです。

 フォードに続いて、トヨタとGMに対しても同様の圧力がかかっています。いずれも、メキシコに新工場を建設する計画を厳しく批判して「強行したら高い関税をかける」と、まるで脅迫するような内容です。

 日本では「トランプ砲」というような言い方で波紋が広がっていますが、冷静に考えてみれば、そもそもおかしな話です。アメリカとメキシコは、カナダを含めた3カ国で「北米自由貿易協定(NAFTA)」を構成しています。これは、EUやTPP(環太平洋戦略的経済連携協定、未成立)のような自由貿易圏で、域内の貿易は基本的に関税がかかりません。

 ですから、この「高関税をかける」という「トランプ砲」は、NAFTAから脱退しないと「炸裂」することはありません。仮にNAFTAが存続しているうちに、勝手に関税をかけると参加3カ国中の2カ国による審議によって懲罰的な措置が加えられることになっています。

【参考記事】トランプTweetをチェックせよ! 韓国外交部、監視専門職を配置

 ちなみにトランプ氏はNAFTAについては大幅改訂すると公約に掲げて当選しています。改訂はもちろん可能ですが、相手のある交渉ごとであり、そう簡単には行きません。また、脱退でなく改訂を模索するのであれば、改訂の合意を見るまでは現行制度が継続するのが自然です。ということは、今回の「トランプ砲」は、法的な根拠はまったくない「劇場型パフォーマンス」に過ぎないということになります。

 肝心のトヨタですが、フォードのように「建設中止」という発表はしていません。その代わりに、まず「メキシコ新工場は、新規建設であって北米の工場を移転するものではない」こと、そして「小型車の供給により、北米販社での雇用増にプラスになる」という声明を出しています。

 さらには豊田章男社長が、「これとは別に100億ドル(1兆1000億円以上)の投資を北米で行う」ということを言明しています。GMも依然として「メキシコ工場の建設中止はしない」という構えです。

 この問題、背景には「コンパクト・カー」というカテゴリにおける熾烈な競争があります。つまりトヨタで言えば「カローラ」、本田では「シビック」など小型車のマーケットです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾閣僚、「中国は武力行使を準備」 陥落すればアジ

ワールド

米控訴裁、中南米4カ国からの移民の保護取り消しを支

ワールド

アングル:米保守派カーク氏殺害の疑い ユタ州在住の

ワールド

米トランプ政権、子ども死亡25例を「新型コロナワク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「AIで十分」事務職が減少...日本企業に人材採用抑制…
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story