コラム

トランプの「アジア外交」絡みの暴言は無視できない

2015年08月27日(木)11時30分

 日本に関しても同様で、8月21日にアラバマ州で行った長時間のスピーチでは「我々の日本とのアグリーメント(安保条約のこと)」では、アメリカが日本を守ることになっているが、日本はアメリカを守る事にはなっていないとして、これは「公平なディールじゃない」としています。

 さらに8月25日には「習近平主席が来るようだが、国賓待遇の晩餐会なんか必要ない。マクドナルドのバーガーでも食べてもらえばいい」。翌日26日には、中国と日本に対してもっと強硬になるべきだという文脈で「連中は交渉の席で、いい天気だとか、ヤンキースの調子はどうですかなどとは(そんな「のんき」な雑談は)言わない。すぐに俺達は契約が欲しいんだと迫ってくる」とわざとアジア人風のアクセントを使って挑発していました。

 一連の発言について、例えば79歳のアイカーン氏(仮に政権が発足するとしたら、その際には81歳)が大使の任務に耐えられるのかとか、日本も韓国も巨額な防衛負担金を払っているではないかなど、個別には「突っ込みどころ」は沢山あるわけです。

 そもそも日本のビジネスマンが「すぐに契約を寄こせ」といった積極性を持っていれば、経済がこんな状況にはなっていなかったということも指摘できるかもしれません。いずれにしても、この人の「暴言シリーズ」というのは「実現の可能性」は関係ないので、個々の事実関係を批判することには余り意味はありません。

 では、保守派の「ホンネ」や「深層心理」の反映ということではどうでしょうか?

 一つには、「アジア各国が米国の雇用を奪っている」という心情があります。確かに、トランプは共和党の保守系でありながら保護貿易を主張しているので、国内雇用を守れと言っているのは新鮮と言えば新鮮です。しかし、そもそもアメリカの多国籍企業は、GE、アップル、ボーイングなど「国際分業と自由貿易」によって利益を極大化しているのであって、トランプの主張は時代遅れとしか言いようがありません。

 特に日本の場合は悲しいぐらいに「現地生産」を進めているわけで、こんな風に批判されるのは80年代にタイムスリップしたようで、あきれて腹も立たないという感じではないでしょうか。中国に関しては、現在進行形という面もありますが、他でもないアメリカ企業が生産拠点として中国へ進出して行った経緯を考えると、政策論としては「今更」という印象です。

 確かにホワイトカラーの雇用不安を票にするためのマジックとして、心理的に「琴線に触れる」部分はあるものの、発言の危険性ということでは深刻に考える必要はないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2

ワールド

ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任

ビジネス

ANAHD、今期18%の営業減益予想 売上高は過去

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story