コラム

アベノミクスの「賛否」という不毛な議論

2014年12月09日(火)13時13分

 第2の理由は「第2の矢」に関連しています。安倍政権は大型の公共投資を実施して景気を刺激しようとしました。ですが、これが効果を上げていません。では90年代の、例えば小渕恵三内閣のさいに実施されたような「ハコモノ行政」の結果として「一過性の景気刺激に終わって経済を痛めるだけに終わった」という悪循環が再発しているのでしょうか?

 仮にそうなら「第2の矢」をやった「から」ダメだったという説明は可能です。ですが、実態はそうではありません。人口減に伴う人手不足のせいで「公共投資の実行が遅れている」のです。そのために、用意した予算ほどには経済効果が出ていないのです。この点に関しても、アベノミクスを実施した「から」ダメになったのではありません。そもそも日本の経済社会の構造に問題があって、「第2の矢」が機能していないのです。

 では「第3の矢」はどうでしょう? 確かに「規制改革」とか「女性の活用」というのはかけ声だけで、安倍政権の経済構造改革は遅れています。海外での論調には、保守イデオロギーに固執するのは「改革に反対する勢力に支持されている政権だ」からという論法での安倍政権批判がありますが、一概に否定はできない面があります。

 ですがこの点に関しても各野党の政策を見てみると、国内産業の競争力回復あるいは、最先端の高付加価値産業の育成へ向けて教育と社会制度の改訂といった政策を主張しているケースはほとんどありません。それどころか、高齢者や組合などの既得権益との関係が濃厚であったり、政策そのものが後ろ向きであったり危機感にとぼしいものが多いのです。

 要するに、アベノミクスの「賛否」という議論は不毛なのです。「この道しかない」と胸を張る安倍首相も危機感が足りないですし、現在の景気低迷を「アベノミクスの逆効果」だと決めつけて思考停止している野党の主張も同じように空疎なのです。

 ですから、仮に安倍首相が言い方を変えて「アベノミクスの効果は十分でない。だから経済は崖っぷちであり、選挙に勝ったら第3の矢の改革を必死にやる」と訴えて、意味のない野党批判をやめれば、もっと選挙は有利に戦えるかもしれません。いずれにしても、年明けの政策運営には、そのぐらいの悲壮感を持ってあたらねば乗り切れないでしょう。

 一方で、GDP数値の下方修正、日本国債の格下げ、2017年4月消費税10%という確約の重圧、仮に原油価格が反転して上昇に転じた場合にそれでも円安が拡大した場合の国際収支、こうした難問に取り組む覚悟が足りないと見れば、国民は政権を突き放す可能性は十分にあります。

 もっとも、こうした問題への危機感が野党に見られるかと言えば相当にあやしいのも現状で、まだまだ政権側が比較優位に立っている、それが現時点での選挙情勢なのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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