コラム

オバマ vs ロムニー、日本にメリットがあるのはどちらか?

2012年10月24日(水)11時14分

 3回に及んだアメリカ大統領選のTV討論は終わりました。オバマ大統領としては、初回は惨敗でしたが、2回目は激しくロムニーを批判してポイントを稼ぎ、3回目の外交討論では現職の安定感を見せたということで、選挙戦の現状は互角というところです。

 ところで、この3回のTV討論に関して言えば、延べ4時間半の論戦を通じて「日本」という言葉は1回も出て来ませんでした。この点に関しては、日本の経済的・政治的プレゼンスが下がっていることの反映というよりも、現在の日米関係についてはアメリカから見て特に大きな問題がない、従って選挙の争点にはならないということだと思います。

 では、オバマとロムニーの両者に関して、日本にはどちらの方がメリットがあるのでしょうか?

 まず経済に関してですが、オバマはTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を推進しようとしていますし、日本も早く議論に参加せよという立場です。これに対して、ロムニーは「TPPへの日本の早期参加は期待しない」という発言をしています。このロムニー発言ですが、一般的には「日米間の貿易が完全に自由化されると、アメリカの自動車産業が脅かされるから」という解説が多いようです。

 ですが、私は少し違う見方をしています。ロムニーは日本市場あるいは日本社会の「特殊性」をある程度知っていて、自由化されても日本市場に投資をするメリットを感じていない可能性があるように思うのです。例えば、ロムニーが創業者である投資ファンドは、日本法人を設置して日本への投資を続けており、色々なケースを手がけています。

 ロムニーは自分が現役の時は勿論、ファンドから手を引いた後も、このファンドの投資に関してはモニターしていると考えられます。その中で日本市場の難しさを「ネガティブなもの」として捉えている可能性があります。このファンドの場合、業績が低迷する企業を廉価で買収して、徹底的にリストラをして評価額を高めて転売することを繰り返しているわけですが、そうした投資活動の中で、日本という市場の特殊性、労働慣行の特殊性、そして少子高齢化の影響やデフレスパイラルに関して、マイナスの手応えを持っているのではと私は見ています。

 今年の8月には、ロムニーは「日本は100年にわたる衰退国家」という発言をしています。この「トンデモ発言」も、背景にはそうした投資を通じて知った「難しい市場、衰退する市場」というイメージから来ている可能性が高いと思われます。この「100年」というのは事実誤認もいいところですが、それはあくまで誇張表現の口が滑ったということだとして、日本という国家の1990年代初頭から始まった衰退のトレンドに関して、相当に辛口な見方をしていると見ることができます。

 その点でオバマは、基本的には少年時代の訪日経験に始まって日本文化への親近感もあり、アジアの中では最も民主的で、アメリカと共通の価値基盤に立っている国という認識を持っているように思います。経済に関しても、東日本大震災の被災に同情しつつ、エネルギー多様化の選択肢を捨てて経済成長を断念してはならないという常識的なメッセージをこれからも出してくるのではと思います。

 現時点では特に気になる中国への対応ですが、一昨日、22日の「第3回TV討論」では、両者には政策の差はほとんどない中、中国に対する姿勢には微妙な違いがありました。ロムニーは「中国は為替操作国」だという名指しの批判を、自分は「就任したらその日にやるんだ」と、なかなか強硬な言い方をしていました。ですが、その一方で、オバマが発言した「海洋での航行の自由確保を中心に、中国の軍事的な動きには対処する」という点については、一切ロムニーは発言しなかったのです。

 1つ考えられるのは、ロムニーはあくまで「投資家目線」として中国を経済のパートナー、そして投資先として見ているという可能性です。これに最近の共和党の政治家としては異例なまでに「自分の目指すのはピース(平和)」だと強調してはばからないロムニーの「漠然とした外交姿勢」を重ねますと、もしかしたらオバマ=ヒラリーが悪化させた米中関係を、お互いが新政権になるのを機に改善しよう、そんな秘められたメッセージを中国へ向けて出しているのかもしれません。

 仮にそうなら、それはそれで悪いことではないし、オバマの「ソフトな中国封じ込め」よりも、そうした「宥和路線」で東アジアが安定すれば、日本経済としてもメリットはありそうとも思えます。ですが、仮にそうした米中蜜月が実現したとして、それが行き過ぎる、つまり中国が「開かれた社会に向かう」ための最低限のプレッシャーあるいはメッセージも出さず放置し、改革のできないまま中国が内部に矛盾を抱え込んで行くようでは困るのです。中期的には日本にも悪い影響が出ることを懸念します。

 ロムニーの通貨観ですが、人民元は不当に安いと言っている一方で、ドルも安すぎるんだ、だから「強いドル」に振るんだということも言っています。そうなれば、円安ですが、仮にロムニーが日本経済に対して露骨に低評価をする中で円安に振れてしまうと、日本国債の暴落やハイパーインフレなどを伴いながら、化石燃料が買えないという苦境に追い込まれる可能性もゼロではないように思います。

 そんなわけで、日本としては「現職としての一貫性、継続性」ということに加えて、基本的に親日であるオバマ政権が続いた方がメリットがあるように思われます。

 一方で、仮にロムニー政権が生まれた場合は、ある種の覚悟が必要です。それは実務的に厳しい要求をしてきた場合に、しっかりと理詰めで「できること、すべきこと」と「できないこと、すべきでないこと」をしっかりと言っていくということです。そうでなければ、最悪の場合は「日本外し」のような行動に出てくる可能性もあるように思います。

 この生粋の投資マインドを持った、つまり投資効率ということに関してはカミソリのように厳しい感覚を持った実務家を甘く見てはいけないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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