コラム

年金破綻問題は交通整理可能か?

2011年01月24日(月)12時39分

 入閣した与謝野経済財政相は、早速「高齢化に伴う年金支給開始年齢の引き上げ」を主張し始めています。この問題も自民党を含む野党からも、そして与党内からも批判が出ていますし、メディアの受けも悪いようです。では、消費税と同じように年金破綻問題も論点を交通整理できるのでしょうか?

 これがなかなか難しいのです。まず政治的なこの問題についての政治的な立場ですが、

(1)痛みを伴う変更は誰も喜ばないので先送り。
(2)問題を直視し、支給額低減と税方式導入などの対策が必要との警鐘を鳴らす。
(3)マニフェスト通り最低保障年金を推進。財源は消費税増税と言いつつ即時実施の度胸はない。
(4)厚生年金加入の勤め人への不利益変更を恐れて二階建て維持。

 という具合で、まあ色々な立場があるわけです。例えば、前回2009年の参院選では、民主党は(3)で自民党は(4)でしたが、その後の景気低迷と更なる閉塞感の進行から、「このままでは大変だ」という危機感から菅内閣は与謝野大臣を迎えて(2)へとシフトする構えです。一方で、小沢グループは漠然と(3)の雰囲気を引きずっていますし、自民党は今更(4)を押し通すほどの強さはないままに、(2)を叩くことで実質的には(1)に傾いているようにも見えます。

 とりあえず政治的にはこうした立場があり、突き詰めれば(2)か(1)かという曖昧なところをウロウロしているというのが実情でしょう。では、その奥にある年金破綻の問題というのは、どういった構造を持っているのでしょうか? ちなみに、年金が「破綻する」というと、「来月から老齢基礎年金の支給は終了します」というような「分かりやすい破綻」は起きないのです。何故ならば、国民には憲法で規定された生存権があり、その権利を踏みにじるような形で年金を突如停止するということはできないからです。生存権とは「全員が生存し続ける」ということであり、それが国家の大前提だからです。では「破綻」というのはどういった姿を取るのでしょうか?

(ア)支給金額がカットされる。
(イ)支給開始年齢を引き上げる。
(ウ)現役の年金保険料負担を更に増やす。

 という3つの要素が絡みあう形になるのだと思います。決して「突然制度が破綻し終了」ということはないのです。ちなみに、(ア)というのは受給者の間でも非常に抵抗が強いので政治的には難しい一方で、(イ)というのは「その分、高齢になっても現役として働いてもらう」という「解決策」があるわけです。与謝野大臣がこの(イ)を持ち出したのには一理ありますし、財政当局にはそうしたシナリオがあるのだと思います。アメリカでも長寿化や金融危機の影響で、この(イ)が政治課題になりつつあります。ちなみに(ウ)は現状では非常に困難です。では、(ア)や(イ)を行うことで、年金財政が好転するぐらいの大幅なカットを行うことは可能でしょうか?

 テクニカルには可能です。ですが、憲法に規定された生存権の保障という観点からすれば、年金では生きていけないとすると、その場合は生活保護的な受給によってその差を埋めるということになります。そうなった場合に、仮に過去の年金保険料の納入がほとんど意味がなくなってしまい、「年金が払い損」になる、つまり「払っていなかった人がトクをする」というのは避けねばなりません。これは究極のモラルハザードになるからです。消費税の問題が出てきている背景には、「網羅的で取りやすい」という理由よりも「資産保有層から貧困層、高度成長の余韻で資産形成した世代と機会を奪われた世代」といった層から幅広く「自分も払っているし、みんなも払っている」という理解を得るという効果があるからです。

 もう1つ、破綻したギリシャのように「年金支給の一律カット」を国民と合意すれば、「全員の生存」のためには良さそうに見えますが、日本の場合はギリシャとは決定的に違う点があります。それは日本が単独通貨を維持しているという点です。年金を一律カットした残りの年金支給額に、大幅な定年延長による収入増を加えて70歳代から80歳代の生計を維持するにしても、国家財政が破綻して国債が国内消化できずに国際市場で叩かれると、通貨の暴落とハイパーインフレというシナリオもあり得ます。その場合は、年金支給額による生計維持は難しくなるわけで、こうした事態も避けねばなりません。

 つまり、年金の問題は整理すると、(A)「世代間の公平」「階層間の公平」「勤め人と自営業者の公平」といった公平感を損なわない、(B)「国債の暴落」「円の暴落」「ハイパーインフレ」といった大破綻を避ける、というテクニカルな問題に「最善手」を見つけることであり、そうやって初めて国の将来に希望が持てることで、(C)「出生率が下げ止まり」「優秀な移民が労働力を補完し」「高付加価値の新規事業にヒト・モノ・カネがシフトしてゆく」といった前向きのトレンドが出てくるのだと思います。

 年金の問題はこうした国家の大計そのものであり、しかも大気圏内に突入する宇宙船のように、角度が少しでも狂えば大爆発を起こしたり、茫漠とした空間に放り出されたりするような危険を伴っています。最適解は恐らく狭いゾーンの中にしかないのだと思います。仮にその「全員の生存」ゾーンを選ぶことができたとしても、改革には大きな痛みを伴うでしょう。とにかく「先送り」は事態を悪化させるだけです。同時に「破綻願望」とか「IMFの外圧だのみ」という姿勢も排除すべきです。大破綻後の再生というシナリオが「生存率」として最も高いシナリオという保証は全くないからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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