コラム

自民党再生の条件

2009年10月16日(金)12時27分

 短い期間ですが日本に来ています。それにしても、民主党新政権による政策変更のドラマの盛り上がりには驚きました。ニュースに占める国内政治の比率がここまで高いのであれば、国外の複雑な政治情勢の「文脈」からは切り離された状態が続くのも仕方がないのでしょう。

 オバマ大統領の「平和賞」が「ありがた迷惑」であることも実感が湧かず、その流れで「ヒロシマ・ナガサキ五輪構想」が飛び出すというのも全てはそこから来ているのだと思います。長年、しかも頻繁にアメリカと日本を往復している私ですが、ここまで「浦島太郎」的な感覚を味わったのは初めてです。

 そうは言っても、新政権への期待が大きいというのは悪いことではありません。そして、運輸行政にしても、年金にしても、子ども手当、金融にしても国会の論戦が始まれば、より問題の所在が明らかになってゆくでしょう。政権交代という「ショー」は第2幕を迎えるのだと思います。そこで重要になってくるのが自民党です。

 では、現時点では存在感が薄くなってしまった自民党が再生するにはどうしたら良いのでしょうか? 自民党は「健全な保守政党」に戻れ、そんな「激励」の声もあるようですが、一体それは何を意味するのでしょう? 私はこの「健全な」という形容詞は結構重要ではないかと思うのです。何故ならば、安倍政権から麻生政権に至る自民党には、決定的に「不健康」な思想が染みついていたからです。それを克服することなくして再生は不可能だと思うからです。

 問題の1つ目は構造改革です。郵政民営化に代表される構造改革は、巨大な個人金融資産をリスクの取れるマーケットに振り向ける中で、経済成長に寄与させる、それが日本の発展になるというような「イメージ論」で進められていました。ですが、金融における規制緩和というのは、結果的には亀井大臣などが批判するように「外資の刈り取り場」になっていったのです。

 そこで規制を復活させようというのが亀井金融相の立場で、決して正しいとは思えないのですが、では自民党の側にはどんな「真意」があったのかというと、「本来は日本の金融産業全体として規制緩和の中で戦える競争力を持つべきだ」という気持ちはゼロではなかったと思います。ですが、そのウラには「国内金融産業の体質改善は間に合わないし、世界で戦っていける人材を育てるなど夢物語」という「悲観論」があったのだと思います。意識、無意識を問わず、自民党の改革派に巣くっているのは「日本のこれ以上の成長は不可能」という意識です。これは絶望的に不健康な発想です。

 自民党からは「民主党政権には成長戦略がない」という批判が出ています。その通りであると思います。ですが、自民党にもないのです。麻薬のように「ハコモノ」に突っ走ってきたのも、長期的な成長ビジョンがないままに、景気対策や雇用対策を言い訳に経済の対症療法を重ねた姿に他なりません。それは自民党が無能だったからではないのです。心の奥に絶望を抱えていたからです。そして、そのことは無能であることよりも罪深いと思います。

 今は死語となった「上げ潮派」の発想も、一見すると消費税率引き上げという負担は先送りして、当面の経済成長を重視するという姿勢でした。ですが、例えば金融とか不動産、家電、運輸などの産業に関しては、規制を緩和すれば国内産業よりも外資の力を借りておカネが回るようにするしかないことを知ってのことだったと思うのです。戦える条件を必死に作りながら規制緩和をするという発想は彼等には薄かったように思います。その核にあるのは「日本の今後には、今後の世代には期待できない」という病んだ悲観論でした。

 更に言えば、これも死語となった「財政均衡派」、与謝野前金融相などを中心とするグループには「当面は成長を目指す」ことの可能性すら疑問に思う発想があったように思います。日本の競争力はドンドン低下する一方であり、その際に財政破綻やデフォルトを少しでも先送りするために財政赤字を「今のうちに」減らして行こうという考え方です。それが早期の消費税率引き上げ論の背景だと思います。

 例えば自民党の農政についても、競争力を失った農業を保護してきた背景には「食料安全保障論」などがあるわけですが、それも「戦争などで食料が輸入できなくなる」危険を考えて自給率を維持するというよりも、「将来的に円の価値が絶望的に売り叩かれて、食料が外から買えなくなる」ことを想定しての「保障」、自給率維持の背景にある危機意識はそちらだったようにも思うのです。

 そうした不健康な悲観主義は、どこから来たのかというと「薩長藩閥政府」以来の「俺たちが日本を背負っている」という気負ったエリート意識です。それが時代に取り残される中で「日本人はもうダメだ」とか「国際社会の厳しさは俺たちだけが知っている」という傲慢な姿勢になり、その姿勢にあったどうしようもない「上から目線」が民意に完全否定されたのが今回の政変だったのでしょう。

 さすがに在野の存在としてはいつまでも威張っていることはできません。その点は改善されると思いますが、発想の根底にある「日本はもうダメだ」という意識、これはまだまだ自覚すらされていないように思います。この点の克服なくして「健全な」保守政党の復権はあり得ないのではないでしょうか。

 例えば、亀井金融相との論戦が一つの焦点になるでしょう。谷垣自民党が「市場の論理は違う」とか「それでは銀行がグローバルなマーケットから叩かれてしまう」というような「もう誰でも分かっている」ストーリーで批判を繰り広げてもダメだと思うのです。そうではなくて、改めてより厳しさを増したグローバル環境の中で、日本の金融界がどう戦ってゆくのか、そして世界で戦える日本人をどう育ててゆくのか、そうした前向きの発想法を含めての提案が欲しいのです。

 子ども手当や高校無償化に反対するのであれば、同じ金をかけるのなら、私立校や塾に大金をかけるのではなく、公立でも能力別に国際競争力のある教育が受けられるようにすべき、そこまでのストーリーが必要でしょう。そのために優秀な塾教師とマンネリ化した教師を総入れ替えする、そのぐらいの気概でなくては、日教組批判を展開してもイデオロギーにまみれた自己満足に終わってしまいます。

 まして経済成長や人材育成に関しては悲観論を内包しながら、求心力としては中国への対抗心などのナショナリズムを訴求したり、核軍縮や環境などのグローバルな理念への抵抗勢力になってゆくようだと、敗北のスパイラルに入ってしまうと思うのです。自民党がそうなれば、民主党へのチェック機能も働かなくなり、日本政治の全体がダメになります。谷垣総裁はこの点でまだ「筋の良い」方のように思いますから、本当に必死で頑張っていただきたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、中国関連企業に土地売却命令 ICBM格納施設に

ビジネス

ENEOSHD、発行済み株式の22.68%上限に自

ビジネス

ノボノルディスク、「ウゴービ」の試験で体重減少効果

ビジネス

豪カンタス航空、7月下旬から上海便運休 需要低迷で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story