コラム

政権与党の手間は野党の10倍?100倍?

2009年09月04日(金)12時32分

 野党というのは気楽なものです。正論を言うのも言うだけならタダですし、政府を攻撃するのも1つか2つの証拠があれば十分に政治的にポイントを稼げます。ところが、与党になって政権を担当するとなると、これは大変です。野党であった時代の10倍の手間、あるいは100倍の手間がかかるからです。理由は簡単です。野党の使命は政権批判を行うことだけですから、理念と現実の乖離、政策が失敗した具体的な証拠などを出すだけで注目を浴び、政治的な加点ができます。

 ところが、政権与党は違います。その問題に関わる「利害当事者の全て」を調整しなくてはなりません。調整が終わらずに切り捨てる対象も出てくるでしょうが、切り方に失敗すれば政治的失点になりますから、できるだけ丁寧に調整を行わなくてはなりません。とにかく責任範囲が「利害当事者の全員」になるのです。この問題で今、大変な苦労をしているのがオバマ大統領に他なりません。

 まず医療保険制度です。「先進国の中で唯一公的医療保険がない」のはアメリカだけだから「チェンジ」をしようとか、保険制度改革に消極的なブッシュ政権(当時)は間違っている、野党時代から選挙戦にかけては、そう「言うだけ」で許されてきたのです。ですが、実際に政権を担当し、医療保険制度改革を実行するとなると、本当に大変です。「俺の保険の条件が悪くなるのはイヤだ」「保険の財源にと増税されては困る」「元気なのに保険加入を強制されるのはゴメンだ」とにかく「リベラルな仲間」に囲まれていた野党時代には「政敵の政治的レトリック」でしか聞こえてこなかった反対論が、利害当事者の「生の声」で入ってくるのですから。大統領は、両院議院合同議会で演説して局面打開を図ることも考えているようですが、情勢は全く予断を許しません。

 アフガン戦争も同じです。オバマが「イラク戦争よりアフガン戦争を優先する」と言い続けたのは、「911以来の『反テロ戦争』の大義」を否定はできない中で、アフガン戦争に積極的な姿勢を取れば、イラク戦争を厳しく批判しても「草の根保守」の怒りを買わずに済むという政治的計算があったのではと思います。ですから選挙戦の当時には、アフガン、パキスタン情勢について、ブッシュ政権とは異なる有効な戦略を持っていたのではないと思われます。せいぜいが、電子システムで集めた情報での無人攻撃を優先しがちだったのを、CIAなどの「人による生きた情報」を集めるなどの戦術への転換がありますが、厳密に言えば、この転換はブッシュ政権時代にラムズフェルド氏が更迭されてゲイツ国防長官が就任した時点で「静かな政変」が起きていたのであり、そのゲイツ長官がオバマ政権で留任したのはそうした経緯があります。

 そのオバマ政権になって、アフガンの戦況は好転したかというと、とてもそうとは言えません。それどころかズルズルと泥沼化しています。アフガンの大統領選でも、カルザイ大統領の権力基盤は強化されたとは言いがたいものがありますし、タリバンの攻勢で米兵の犠牲者はこの夏かなりの人数に上っています。そんな中、戦争の結果責任はオバマ大統領が負わねばならなくなってきています。戦争を批判したり、支持したり、作戦が中途半端であると意見を言うのは簡単ですが、実際に「最高司令官」として戦争を指揮することの難しさを大統領自身は痛いほど感じていると思います。

 ちなみに、日本の民主党への政権交代に関連したインド洋での給油論議ですが、ブッシュに強制されてイヤイヤやっていたから、政変を契機に止めたいというのではなく、こうした困難の中でオバマが「出口」を模索するプロセスに寄り添うような形で動くべきです。「これを機会に国際貢献を」という野心もダメなら「非軍事なら良い」という奇麗事も今は意味がないように思います。「日本も含めた有志連合が敗北しつつある」その反省を一緒にしなくてはいけません。払っていたカネを止めれば、相手が困り日米関係が悪くなるというのは確かに理屈ですが、情勢の全体はそんなに静的なものではない中で、もっと本質的な議論を行うべきだと思います。

 日本に関して言えば、こうした「10倍、100倍の難しさ」というのは、もっと大変になると思います。というのも、細川・羽田政権当時の短い期間を除けば1955年以来政権の座にあった自民党が下野し、完全に野党であった民主党が政権を担当するのですから、オバマの民主党の比ではありません。

 例えば、年金問題が良い例でしょう。野党の時代には、個々の記録問題、不正流用問題を摘発するだけで良かったのです。ですが、政権を担当するということは、そうした一連の年金記録に全て責任を持つということになります。勿論、自民党政権は「ねんきん特別便」で「本人に確かめてもらう」という知恵を働かせたのですが、それでも100%の追跡はできていないわけで、ではどの時点でどんな形で「問題の収束」ないし「新制度(仮に一元化がされるとして)への移行」をするかは、極めて実務的な判断になると思います。八ツ場ダム問題にしても、沖縄問題にしても、新しい時代を切り開くためには、10倍、100倍の努力をしてゆかねばならないわけで、日本の民主党にはその覚悟があるということを期待したいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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