コラム

脆弱な男たちの系譜

2009年07月01日(水)12時37分

 6兆円強という巨額な資金を集めて、年率10%の利回りを保証しながら実は全く運用はせず、単に新規の投資の入金で既存の投資家への元利支払いに充てていた......。バーナード・マドフという男の犯罪は「禁固150年」つまり実質的には「仮出所なき終身刑」という結果となりました。6月29日の判決は大きな関心を呼び、高齢を理由に「禁固12年」を主張していた弁護団が全面敗北に終わったことで、株価も「一安心」と上昇する一幕もあったぐらいです。

 財産を失った多くの被害者も「考えられる限りの懲罰」が決まったということで、とりあえず納得しなくてはならないのでしょうが、それにしてもこの事件、その深層はまだまだ解明されていません。家族や、マドフの率いていた投資顧問会社の人間のどこまでが、この「詐欺」というスキームを知っていたのか、どうして政府の監視が行き届かなかったのか・・・それ以上に謎なのが、ナスダックの会長まで務めた金融エリートがどうしてこんな「詐欺」に手を染めたのかという問題です。

 ここからは私の想像ですが、そもそも「年利10%保証」などという触れ込みで資金を集めた時点では、本当に投資を行ってそれだけの運用ができると自信を持っていたのではと思うのです。ところが、実際に資金が集まる中で、マドフが狙ったコンピュータによるヘッジファンド的な運用を回してみると、どうしても10%の運用益は出ない、それどころかマイナスにもなる・・・そんな中、損失を抑えるために臨時にコッソリ運用を止めた、だが表面では運用が続いていることにしたというのが真相だと思うのです。

 結果的に一旦ついたウソはつき通すしかなくなったのと、「いつかはちゃんと投資をして損を全部取り返す」と思ってたいたものの、そのタイミングを逸する中で、投資された残高と実際に口座に残った資金の差がドンドン開いていって、元には戻せなくなっていった・・・そんな中、ウソでウソを塗り固める方向に全てを振り向けていった、そんな流れだと思うのです。どうもこの事件、堂々と巨額な詐欺を働いた人間の「ふてぶてしさ」というよりも、一旦始めてしまったウソに流されるようにしてウソを重ねていった男の情けなさのようなものを感じさせるのです。人間のある部分にそうした「弱さ」があるのであれば、やはり政府の規制は絶対に必要なのではないでしょうか。

 そう言えば、先週以来メディアを騒がせているサウスカロライナ州のマーク・サンフォード知事による「不倫失踪事件」も、何とも情けない事件です。州知事の職にありながらアルゼンチンの愛人のもとへ通うために行方をくらまし、それを「アパラチア山脈でのハイキングに出かけていた」と言い逃れようとしていたこと、そしてそのカモフラージュのために、空港に乗り捨ててあった知事の車には、登山靴などのキャンプ用品が残されていたのです。

 カモフラージュというのは、世間に対してということもあるでしょうが、まず第一には家族に対してということでしょう。アルゼンチン行きを隠すために、わざわざ登山道具をクルマに積んで見せたのでしょう。愛人に会いたいという一心で行ったにしては、余りにも愚かであり「告白会見」にあたって奥さんも子供たちも顔を見せなかったというのも、これでは仕方がないでしょう。知事は共和党知事会の会長は辞任したものの、本稿の時点では知事職を辞する考えはないと言明しており、まだまだドラマは続きそうです。このサンフォード知事の見せているのも、何とも弱々しい男の姿に他なりません。

 このように要職にありながら脆弱さを晒した男たちの姿を見ていますと、亡くなったマイケル・ジャクソンの「強靱さ」が否が応でも浮かび上がってくるのを感じます。父の虐待や、自分の回りに群がるカネの亡者などと戦い続けた中で、自分の精神の中にある「イノセンス」を守り続ける闘い、マイケルの音楽というのはそういうことだったのではないでしょうか。己の外見を変え、常識とは違う価値観を口にし続けたマイケルの人生は、常識人の観点からは「奇行」だったかもしれません。ですが、その核にあるのは孤独に耐えながら自分を守ったという「強さ」だったように思います。

 ネクタイを締め、立派な肩書きで仕事をしながら精神の脆弱さを晒したマドフ氏、サンフォード知事のことを思うにつけ、既にこの世にはいないマイケル・ジャクソンの「強さ」が切なく思い起こされます。アメリカのメディアでは、今でもマイケル・ジャクソンの話題がニュースのヘッドラインを独占し続けています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米高裁も不法移民送還に違法判断、政権の「敵性外国人

ビジネス

日銀総裁、首相と意見交換 「政府と連絡し為替市場を

ワールド

ロシア、インドと地対空ミサイルS400の追加供給交

ワールド

中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去最大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 9
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story