コラム

世代間の溝、ドイツの「過去の克服」が掘り下げられる『コリーニ事件』

2020年06月11日(木)17時30分

同名ベストセラー小説を映画化した『コリーニ事件』(c) 2019 Constantin Film Produktion GmbH

<ドイツ固有のテーマといわれる「過去の克服」というテーマがどのように掘り下げられているか ......>

フェルディナント・フォン・シーラッハの同名ベストセラー小説を映画化したマルコ・クロイツパイントナー監督『コリーニ事件』は、2001年のベルリンで、弁護士になったばかりのカスパー・ライネンが、ファブリツィオ・コリーニという男の国選弁護人に任命されるところから始まる。ドイツに暮らす67歳のイタリア人、コリーニは、経済界の大物実業家ハンス・マイヤーをベルリンのホテルのスイートルームで殺害した。

調査はナチスの時代へとさかのぼり、おぞましい真実が明らかに

カスパーは任命を受けた後で、被害者が彼の少年時代の恩人だったことに気づく。ハンスという通称と本名がすぐに結びつかなかったのだ。トルコ人の母親を持つカスパーが、同級生のフィリップや彼の姉ヨハナと親しくなり、学業に打ち込むことができたのは、彼らの祖父であるハンスの庇護があったからだった。その後、フィリップは両親とともに事故死し、カスパーとヨハナの親密な関係も終わっていた。

そんなカスパーにとって、さらに重荷になるのが、コリーニが黙秘をつづけていることだ。ハンスは頭を銃で3回撃たれ、その後に顔を激しく踏みつけられていた。このままでは、卑劣な動機による犯行とみなされ、謀殺罪で起訴され、終身刑が科されることになる。

しかし、法廷で犯行に使用された銃ワルサーP38の説明が行われたときに、カスパーの脳裏にある事が閃く。彼は少年時代にハンスの書斎で同じ銃を目にしたことがあった。カスパーはこの銃を手がかりに、コリーニとハンスの接点を追い求め、調査はナチスの時代へとさかのぼっていく。そしておぞましい真実が明らかにされる。

「過去の克服」というテーマがどのように掘り下げられているか

その真実とは何か。本作は、1968年に施行されたある法律が、物語の核心であるかのような印象を与えかねない。しかし何か秘密が暴かれるわけではない。この法律の深刻な問題や影響は以前から指摘されている。筆者がよく参照するペーター・ライヒェルの『ドイツ 過去の克服 ナチ独裁に対する1945年以降の政治的・法的取り組み』では、以下のように説明されている。

oba20200611a.jpg

『ドイツ 過去の克服 ナチ独裁に対する1 945年以降の政治的・法的取り組み』ペーター・ライヒェル 小川保博・芝野由和訳(八朔社、2006年)


「一九六八年一〇月一日に発効した秩序違反法施行法による刑法第五〇条第二項(旧)の変更は、一九六〇年五月八日にさかのぼって「裏口大赦」をもたらした。というのも、いまや謀殺幇助も時効になってしまったからだ。命令で動いた共犯者は、もはや終身自由刑に処せられず、低劣な動機が立証されないかぎり、最高で一五年の自由刑に処せられるにすぎない。しかし、ナチ時代のこれらの犯行が一九六〇年五月八日に時効とされてしまったという意味では、ナチの謀殺幇助犯をもはや訴えることができなくなった。
これは司法省ならびに刑法大委員会の高度な専門的知識にかんがみて、ほとんど信じられないような刑法政策上の「過失」であったのか、それとも、多くの批判者が怪しんだように、婉曲な大赦政策行動であったのか、これまではっきりとは解明されていない」

本作でこの法律そのものよりも重要なのは、「過去の克服」というドイツ固有のテーマがどのように掘り下げられているかだろう。ここで思い出したいのは、過去の克服がしばしば世代が異なる人物の関係を通して描かれることだ。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story