コラム

トルコの古い慣習に自由を奪われた5人姉妹の反逆

2016年06月02日(木)11時00分

映画『裸足の季節』 (c) 2015 CG CINEMA - VISTAMAR Filmproduktion - UHLANDFILM- BamFilm - KINOLOGY KINOLOGY

<トルコの小さな村で、古く封建的な慣習によって体罰を受け、閉じ込められた5人姉妹。自由をつかむため、13歳の末っ子、ラーレはある計画を立てる...>

トルコ語作品ながら世界各国の映画祭を席巻した話題作

 トルコ出身でフランス在住の女性監督デニズ・ガムゼ・エルギュヴェンの長編デビュー作『裸足の季節』は、世界各国の映画祭を席巻し、トルコ語作品ながらアカデミー賞フランス代表に選ばれた話題作だ。

 その舞台は、イスタンブールから1000kmも離れたトルコの小さな村だ。そこに、10年前に両親を事故で亡くした美しい5人姉妹が、祖母と叔父とともに暮らしている。物語は、下校途中の姉妹が、男子生徒と海に入り、騎馬戦に興じるところから始まる。無邪気に男子の肩にまたがってはしゃぐ彼女たちは溌剌としている。

 しかし、そんな姉妹に試練が待ち受けている。口うるさい隣人が祖母に告げ口し、祖母は「男たちの首に下半身をこすりつけるようなふしだらな真似をした」と彼女たちに体罰を加える。叔父は姉妹が「傷物」になっていないか心配し、彼女たちを病院に連れて行き、処女検査を受けさせる。

 そしてその日から姉妹は外出を禁じられ、携帯やパソコンを没収され、花嫁修業を強要されていく。彼女たちも抵抗は試みるものの、監視の目は厳しくなるばかりで、一人また一人と祖母たちが決めた相手と結婚させられていく。

 姉妹を演じるキャストは、三女役以外すべて監督がオーディションやスカウトによって見出した新人であり、それぞれに瑞々しい存在感を放っている。映画祭における評価で女優賞が目立つのも頷ける。しかし、エルギュヴェン監督の視点やそれを反映した構成も見逃すわけにはいかない。

平凡な日常生活に対する侵害

 舞台となる国は異なるが、この映画は、イラン出身の女性英文学者アーザル・ナフィーシーの回想録『テヘランでロリータを読む』の世界と比較してみると興味深い。海外留学し、欧米で教育を受けたナフィーシーは、1979年のイラン革命の直後に帰国し、テヘラン大学の教員になる。だが、1995年に抑圧的な大学当局の姿勢に反発して辞職し、それまでに出会った優秀な女子学生たちをひそかに自宅に招き、西洋文学を読む研究会を始める。

 彼女はそんな交流を通して、学生たちの境遇について考え、悩む。彼女たちは自分に対してはっきりしたイメージを持つことができない。だから彼女たちが軽蔑する他人の目を通して、自分を見て、形づくることしかできない。国際社会は、拷問や処刑、蹂躙を非難するだろうが、では、ピンクのソックスをはきたいという欲求のような平凡な日常生活に対する侵害についてはどうなのか。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

SBI新生銀行、東京証券取引所への再上場を申請

ワールド

ルビオ米国務長官、中国の王外相ときょう会談へ 対面

ビジネス

英生産者物価、従来想定より大幅上昇か 統計局が数字

ワールド

トランプ氏、カナダに35%関税 他の大半の国は「一
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story