コラム

MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(1)─政府と中央銀行の役割

2019年07月23日(火)19時00分

MMTの「基本方程式」

これまで確認したように、政府の赤字財政支出は、中央銀行の金融調節を通じて、民間部門の国債保有あるいは準備預金のいずれかによって自動的にファイナンスされる。つまり、赤字財政支出に「財源」は必要ない。ところで、準備預金と現金は、中央銀行が独占的に供給するソブリン通貨に他ならない。それは一般的には、ベース・マネー、ハイパワード・マネー、あるいはマネタリー・ベースなどと言われている。したがって、政府の赤字財政支出は、必ず事後的には国債かベース・マネーのいずれかによってファイナンスされることになる。

他方で、民間部門が保有する資産が国債であれベース・マネーすなわち現金あるいは準備預金であれ、国債には金利が付くがベース・マネーには金利が付かないという点を除けば、どちらも政府部門が民間部門に対して負う債務であり、政府税収を通じてのみ償還されるという点では基本的に同じである。MMTはそのことから、単にベース・マネーのみではなく国債もまたソブリン通貨の一形態として把握する。
以上の考察を一般化すると、次式が得られる。

image003.jpg出典:Macroeconomics p.322 (20.1)

ここで、Gは政府支出、Tは政府税収、Bは国債残高、Mhはベース・マネー残高である。△はそれらの変数の増減である。また、iは国債金利であり、したがってiBは政府から民間への金利支払い総額である。この式は、政府の財政収支(左辺)は必ず国債残高およびベース・マネー残高の増減(右辺)に等しくなるという関係を示している。

この式は本質的には、どのような場合にも常に成立する自明の会計的恒等式にすぎない。しかしながら、MMTにとってのこの式は、「基本方程式」とでもいうほどの重要性を持っている。というのは、MMTの独自命題のほとんどは、この式の「特定の解釈」から導き出されているからである。

MMTはまず、この式の因果関係は、常に左辺から右辺に向かっていると考える。つまり、政府財政赤字が民間資産の拡大を生むのであり、その逆すなわち政府財政赤字がベース・マネーや国債の発行によって制約されているのではない、ということである。MMTはそのことを、「スペンディング・ファースト」と呼んでいる。

MMTはさらに、この式を、どのように時間を引き延ばしても成立する一般的な関係式として把握する。それは、ソブリン通貨を自由に発行できる場合には、現在の政府赤字を将来の黒字で償還するといった政府の通時的予算制約を前提とした財政運営は必要ではないことを意味する。
(以下、MMTの批判的検討(2)に続く)

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story